48歳の シンクロニシティ!
- 48歳の人生は戦国大名にシンクロする。真田幸村、織田信長、上杉謙信だ。

●安土桃山時代の武将・真田幸村(1567.不詳〜1615.05.07)は大阪夏の陣にて戦死し48年?の生涯(?座)。
●天下布武の改革者・織田信長(1534.05.12〜1582.06.02)は本能寺の変で48年と21日の生涯を自害(牡牛座)。
●越後の名将・上杉謙信(1530.01.21〜1578.03.13)も脳溢血で48年1ヶ月と20日の生涯(水瓶座)を終えた。
- 小説家では坂口安吾、堀辰雄、マーガレット・ミッチェル、伊藤左千夫、カレル・チャペックがリンクする。

●太宰治と並んでデカダンスの作家としてあまりに有名な小説家・坂口安吾(1906.10.20〜1955.02.17)は脳溢血で48年3ヶ月と28日の生涯(天秤座)。
●『聖家族』で文壇デビューした堀辰雄(1904.12.28〜1953.05.28)は肺結核で48年5ヶ月ジャストの生涯(山羊座)。
●『風と共に去りぬ』で知られる米国の女性小説家・マーガレット・ミッチェル(1900.11.08〜1949.08.16)も酔っぱらい運転のタクシーに轢かれて48年9ヶ月と8日の生涯(蠍座)で死亡。
●男子たるものも涙流せる『野菊の墓』の生みの親・伊藤左千夫(1864.08.18〜1913.07.30)も脳溢血で48年11ヶ月と12日の生涯(獅子座)。
●チェコの作家, ジャーナリストで『山椒魚戦争』の作者として知られるカレル・チャペック(1890.01.09〜1938.12.25)も流行性感冒から48年11ヶ月と16日の生涯(山羊座)だった。
- 哲学界ではベンヤミンと三木清が共に非業の死を遂げている。

●20世紀を代表するドイツのユダヤ系思想家・ベンヤミンがスペイン警察による強制送還の脅しにあい服毒自殺し48年2ヶ月と12日の生涯。
●『哲学ノート』などで知られる哲学者・三木清(1897.01.05〜1945.09.26) も治安維持法違反で入獄中に栄養失調、濃腎症で獄死し48年7ヶ月と21日の生涯(山羊座)で逝った。
- 芸能界では太地喜和子と河島英五である。

●「女」を演じた太地喜和子(1943.12.02〜1992.10.13)は不慮の自動車事故死で48年10ヶ月と11日の生涯(射手座)。
●「男」を歌った河島英五(1952.04.23〜2001.04.16)も肝臓疾患で48年11ヶ月と24日の生涯(牡牛座)をともに閉じた。
(2006.12.09更新)
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48年?の生涯
ヘンドリック・ホルツィウス
Hendrik Goltzius 【オランダの版画家、素描家、画家】
(1558.?〜1617.01.01)
死因?---?座
- ユーリッヒ公国のMillebrechtで生まれた。ホルツィウスは数年間、父親の下でガラス彩色の勉強をした後、オランダ人版画家D・V・コールンヘルトにビュランの技術を教わった。コールンヘルトはさほど実績もない人物で、ホルツィウスはすぐに師匠を追い抜いたが、師匠と弟子の立場は守り続けた。また、木版画出版者のフィリプス・ガレ(フィリップ・ガレ)に雇われ、ルクレティアの生涯を描いた連作版画を制作した。
- 21歳の時、ホルツィウスはいささか年のいった未亡人と結婚した。彼女の出資でホルツィウスはハールレムに店を構えた。しかし、妻との関係は良好とはいえず、ホルツィウスは健康を害するまでに至った。1590年、ホルツィウスは思い立って、ドイツ経由でイタリアに旅行し、そこで見たミケランジェロの絵に強い衝撃を受けた。ハールレムに戻った時には健康も回復していて、それから死ぬまでその地で作品を作り続けた。
- ホルツィウスのことを、彼が尊敬したミケランジェロの風変わりなイミテーションと断じる意見もあるようだが、ホルツィウスの肖像画(ほとんどがミニアチュールである)は、仕上がり具合からも人物の正しい把握からも、なかなかの出来で、その中でもとくに実物大の自画像はきわだっている。
- ホルツィウスは「膨らんだ線」の使用に関してほとんど前例のないレヴェルに達している。遠景からの階調効果を生むために、ビュランはより厚い、より薄い線を描くよう扱われている。ホルツィウスは「点と菱形」技法のパイオニアで、階調の陰影をより精密にするために、点は格子模様によって作られた菱形の空間の中央に打たれていた。
- ホルスタインはホルツィウスの版画を388点としているが、デザインだけ手掛けて他の版画家たちが制作したものは574点以上あると言っている。
- ビュランの駆使技術に関してなら、ひょっとしたらホルツィウスはアルブレヒト・デューラーにひけを取らないのかも知れないが、それ以外の技術は、他のすぐれた版画家たちの腕には及ばない。それでも、ホルツィウスの突飛さ、過度の虚飾さはそれを補って余りある。作品も美しく、自由奔放である。ホルツィウスはバルトロメウス・スプランヘルの描いた絵の版画化で(後には彼自身の作品で)名声を高めた。
- ホルツィウスは42歳になって絵を描きはじめ、そのいくつかはウィーンの帝国コレクションにあるものの、この分野ではとくに傑出したものは見あたらないように思える。キアロスクーロ版画も僅かながら作っている。
¶:出典・情報源・参考文献・参考サイト:
「ヘンドリック・ホルツィウス-Wikipedia」
(2009.01.31掲載)
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48年?の生涯
真田幸村
Yukimura Sanada 【真田十勇士のボス】
(1567.不詳〜1615.05.07)
大阪夏の陣にて戦死---?座
- 安土桃山時代の武将。信濃上田城主昌幸〔1547-1611〕の子。本名信繁真田家は元々信濃の出身で、真田幸村の祖父の真田幸隆の代に頭角を表した。
- はじめ海野平を拠点とする海野氏に仕えていたが武田信玄の父の信虎が1541年海野氏を破ると、信虎を追放して甲斐国主となった武田信玄の力量を見込んで、これに従う。しかしその信玄が上洛途中で死に、子の勝頼の代になると長篠の戦いで織田徳川の連合軍に敗れ、真田家当主の真田信綱も戦死。真田家は弟の真田昌幸が継ぎ、織田に仕える。
- ところが織田信長は本能寺に倒れると、真田昌幸ははじめ徳川家康に従いうが、後に長男の信幸を徳川方に残し、自分と次男の幸村は豊臣秀吉に付き従う---これは次の天下が豊臣になるか徳川になるか分からないので、子供を双方に付かせれば、どちらかは生き残るであろうという、まさに小大名ならではの厳しい究極の選択。
- そして兄弟は関ヶ原・大阪冬の陣・夏の陣、と敵味方に分かれて戦う。幸村は豊臣秀吉に近侍し、小田原征伐に参加。関ヶ原の戦で、父とともに徳川秀忠の西上を中山道で阻止。
- 戦後高野山麓に蟄居したが、大坂の陣に豊臣秀頼に招かれ大坂城に入城。冬・夏の両陣に知略をもって奮戦し戦死。
- 信幸は昌幸の意図通り生き残り、沼田の地で明治の廃藩置県まで大名として家が存続。
- 戦国時代、天下を統一しようというほどまでの力量のない小さな大名はこうして、強そうな所、強そうな所に付き従って、生き延びていった。
- 「真田幸村の辞世。(死の二ヶ月ほど前に、家臣に書いた手紙の一節)
「定めなき浮世にて候えば、1日さきは知らざることに候」
(秋庭道博著「サムライたちの遺した言葉」による)(1)。
- 「猿飛というのは人の名ではない。猿飛の術を使う者すべて猿飛なのだ」(2)。
- 真田十勇士は真田幸村に仕えたとされる10人の勇士の総称。猿飛佐助、霧隠才蔵、三好清海入道、三好伊三入道、穴山小介、海野六郎、筧十蔵、根津甚八、望月六郎、由利鎌之助をいう。
¶:出典・情報源・参考文献・参考サイト:
(1)投稿者:ユリウスさん 2005.08.24(Wed) 11:55[550]
(2)白土三平著『サスケ』(小学館文庫)
(2006.03.05更新)
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▲安土桃山時代の武将・真田幸村。

◆真田幸村を演じた渡瀬恒彦。

◆智将 真田幸村
大阪の陣に本懐を遂ぐ
阿見宏介 著 / PHP研究所
家康の野望を見過ごすわけには行かぬ! 最後の激戦・大阪の陣に、武将としての意地を賭けて戦い抜いた男・真田幸村。痛快時代長編。
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48年?の生涯
淀殿/淀君
Yodo 【天下人の愛人】
(1567.?〜1615.06.04=永禄12年〜慶長20年5月8日)
自害--- ?座
(2009.0514更新)
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▲浅井氏滅亡後、母が再嫁した柴田勝家に養われ、柴田氏滅亡後、秀吉の側室となり、秀頼を産み秀吉に寵愛され、秀吉の死後秀頼を擁し、徳川家康に対抗したが、大坂の陣で敗れ自殺した淀殿/淀君。

◆「淀君人物叢書」 新装版 著者/訳者名 桑田忠親/著 吉川弘文館

◆(本郷座沓手鳥孤城落月)淀君(歌右衛門)

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48年?の生涯
高井 几董
Kitou Takai 【俳句中興の祖】
(1741 ~1789.12.09=寛保元年〜寛政元年10月23日)
死因?---?座
(2006.04.17掲載)
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★肖像を探しています

▲江戸時代中期の俳諧師・高井 几董。
★ 几董の句 ★
「水に落ちし椿の氷る余寒かな」
「絵草紙に鎮おく店や春の風」
「むらさきに夜は明けかかる春の海」
「明(あけ)いそぐ夜の美しき竹の月」
「秋あつき日を追うて咲く木槿(むくげ)かな」
「淋しさの年々高し花芒(すすき)」
「かなしさに魚喰ふ秋の夕べかな」
「やはらかに人わけゆくや勝角力」
「年かくすやりてが豆を奪ひけり」
「穢多村の裏を逃げ行く清水かな」
「年ひとつ老いゆく宵の化粧かな」
「松とれて世ごころ楽し小正月」 |
48年?の生涯
都々逸坊扇歌(初代)
Bousenka Dodoitsu 【都々逸の祖/なぞ坊主】
(1804.?〜1852.12.10=文化元年〜嘉永5年10月29日)
病に伏し没す ---?座
(2006.04.17掲載)
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▲江戸末期に一世を風靡した寄席芸人で都々逸の祖・都々逸坊扇歌(初代)。
★扇歌作の唄★---それほど多くは残っていない。
◆「親がやぶならわたしもやぶよ やぶに鶯鳴くわいな」
藪医者の息子ごときが芸人として大成できるわけがない、と叔父に江戸行きを止められたときに唄ったとされる。
◆「わたしゃ奥山一もと桜 八重に咲く気はさらにない」
◆「たんと売れても売れない日でも 同じ機嫌の風車」
◆「白鷺が 小首かしげて二の足踏んで やつれ姿の水鏡」
願人坊主のようななりで三味線片手に流浪していた際に自分の姿を唄ったものともいわれる。
◆「乗り出した船じゃわいな 沖の果てまで さあさやりましょ面舵取り舵ゃ 船頭さんの胸じゃいな」
扇橋に弟子入りを志願した際にこの唄を唄い無事弟子入りがかなったとされる。「船頭」は扇橋とかけている。
◆「磯部田圃のばらばら松は 風も吹かぬに木(気)がもめる」
生まれ故郷の風景を唄ったもの。
◆「諦めましたよどう諦めた 諦め切れぬと諦めた」
◆「都々逸も うたいつくして三味線枕 楽にわたしはねるわいな」 (辞世の唄)
また、扇歌作の狂句(川柳)も残っている。
◆「上は金 下は杭無し(食いなし) 吾妻橋」
庶民はその日食うにも汲々しているのに政官の連中は金にあかした生活をしている様を吾妻橋にたとえて風刺した。
◆「真直に 行けば五条(五常)の 道に出る」
◆「気に入らぬ 節もあろうに 材木屋」
通人で知られた千葉の材木屋の宴席に呼ばれた際に唄った唄。
◆「耕すの 恩は忘れず 米の味」
江戸で名を上げて故郷に帰った際に、両親や叔父の墓前で唄ったとされる。
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48年?の生涯
中島 三郎助
Saburousuke Nakajima 【幕末期の幕臣】
(1821.?〜1869.06.25=文政4年- 明治2年5月16日)
戦死---?座
(2011.01.11更新)
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▲嘉永7年(1854年)に完成した日本初の洋式軍艦鳳凰丸の製造掛の中心として活躍した中島 三郎助。

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48年?の生涯
お登勢
Otose 【維新は寺田屋の一室から生まれたり】
(1829.?〜1877.09.07=文政12年頃 〜明治10年)
死因?---?座
(2007.06.27掲載)
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▲坂本龍馬ゆかりの宿、寺田屋の当時の女将・お登勢。


◆NHK金曜時代劇「お登勢」待ってます。日本の夜明け!
でのお登勢役(沢口靖子)
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48年?の生涯
本因坊 秀甫/村瀬秀甫
Syuho Murase 【十八世本因坊】
(1838.?〜1886.?=天保9年〜明治19年10月14日)
死因?---?座
(2009.07.09更新)
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▲江戸時代から明治にかけての囲碁棋士.本因坊 秀甫/村瀬秀甫。

★歴代本因坊★
◆世襲本因坊
一世本因坊算砂
二世本因坊算悦
三世本因坊道悦
四世本因坊道策
跡目本因坊道的
跡目本因坊策元
五世本因坊道知
六世本因坊知伯
七世本因坊秀伯
八世本因坊伯元
九世本因坊察元
十世本因坊烈元
十一世本因坊元丈
十二世本因坊丈和
十三世本因坊丈策
十四世本因坊秀和
跡目本因坊秀策
十五世本因坊秀悦
十六世本因坊秀元
十七世本因坊秀栄
十八世本因坊秀甫
十九世本因坊秀栄
二十世本因坊秀元
二十一世本因坊秀哉
◆タイトル五連覇による本因坊
二十二世本因坊秀格
二十三世本因坊栄寿
二十四世本因坊秀芳
二十五世本因坊治勲
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48年と8日の生涯
アル・カポネ
Alphonso Capone 【ギャング団の首領】
(1899.01.17〜1947.01.25)
服役中に梅毒が進行、保釈後脳卒中に肺炎を併発---山羊座
(2003.08.03掲載)
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48年と18日の生涯
ジャン・ムーラン
Jean Moulin 【レジスタンスの英雄】
(1899.06.20〜1943.07.08)
拷問の末ドイツ移送中の列車中で死亡---双子座
(2008.07.24更新)
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▲フランスの政治家、レジスタンス運動の指導者ジャン・ムーラン。
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48年と21日の生涯
織田信長
Nobunaga Oda 【天下布武の改革者】
(1534.05.12〜1582.06.02)
明智光秀に中国出陣を命じたが、本能寺に攻められ自殺---牡牛座
(2011.02.07更新)
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★うつけと呼ばれた男

▲ 戦国・安土時代の武将・織田信長。 (イラスト 大城さん)
▲宣教師が描いたとされる織田信長の肖像画。最も実際の顔に近いとされている。安土城天守「信長の館」に掲示されていたもの。
▲2011年NHKの大河ドラマ「お江」での江(ごう・上野樹里)と織田信長(豊川悦司)。
★信長語録★
◆最後の一言「是非に及ばず」
◆「臆病者の目には、敵はつねに大軍に見える」
(行動の原理原則をもっていないものは、自ら不安を作り出してしまう)
◆「人間50年、下天のうちを比ぶれば、夢まぼろしの如くなり。ひとたび生えを得て、滅せぬ者のあるべか」
(敦盛のひとふし---1560年信長が桶狭間の合戦に出陣する前夜に舞ったとされる)
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48年24日の生涯
シドニー・パジェット
Sidney Paget 【シャーロック・ホームズの挿絵家】
(1860.10.04〜1908.10.28)
死因?---天秤座
(2008.08.10更新)
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▲シャーロック・ホームズのもう一人の生みの親、シドニー・パジェット。

▲ホームズ(右)とワトソン(左)、シドニー・パジェット画

▲ボヘミアの醜聞・馬を扱う人に変装したホームズ。この後、アイリーン・アドラーの結婚式の証人者になる。
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48年1ヶ月と5日の生涯
永山 則夫
Norio Nagayama 【連続射殺事件の死刑囚】
(1949.06.27〜1997.08.01)
死刑---蟹座
(2011.07.09掲載)
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▲1968年から1969年にかけて連続ピストル射殺事件(警察庁広域重要指定108号事件)を引き起こした刑死者(元死刑囚)である永山 則夫。
(イラスト 横尾忠則)
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48年1ヶ月と7日の生涯
ポリトコフスカヤ
Anna Stepanovna Politkovskaya
【ロシアのジャーナリスト】
(1958.08.30〜2006.10.07)
射殺体で発見された---乙女座
(2007.10.11掲載)
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▲プーチン政権に対する批判的論陣で知られたロシアのジャーナリスト、アンナ・ステパノーヴナ・ポリトコフスカヤ。
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48年1ヶ月と20日の生涯
上杉謙信
Kenshin Uesugi 【合戦の天才児】
(1530.01.21〜1578.03.13)
脳溢血---水瓶座
(2009.09.10更新)
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▲越後の名将上杉謙信。
(イラスト 大城さん)

◆1960年の映画「風林火山」で謙信役を演じたときの石原裕次郎。

◆2007年の大河ドラマ「風林火山」で上杉謙信役のGackt。ガクト出陣!。
◆【敵に塩を送る】
「武田信玄と上杉謙信はお互い何度となく戦った敵同士であった。ある時、武田信玄が今川氏を攻めたため、おこった今川氏は武田信玄に塩を送らないようにした。武田信玄の領地である甲斐(山梨県)は山国であるため、塩がとれず人びとは生活に困ってしまった。この時、上杉謙信は「武士は戦場で戦うものであり、塩や米を送らず、罪のない人びとを苦しめるのはひきょうであり、武士がすることではない」といって今川氏を非難(ひなん)し、上杉謙信は敵であった武田信玄に塩を送ったという」---(1)。
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48年1ヶ月と21日の生涯
聖徳太子/厩戸豐耳皇子
Shoutokutaisi 【虚構の聖人?】
(574.01.01〜622.02.22 621/02/05説あり)
不明---山羊座
(2009.09.12更新)
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★世間虚仮★

▲飛鳥時代の中心的政治家、思想家、皇族、推古天皇の摂政・聖徳太子。
(イラスト 大城さん)

▲聖徳太子馬上の図 太子御廟の図
竹内街道資料館にあった。
14才の時に、物部氏と戦った時の絵。
★聖徳太子語録★
◆「和を以て貴(たっと)しと為す」
---十七条憲法は平和憲法である。
◆「われ必ず聖にあらず、かれ必ず愚にあらず、ともにこれ凡夫のみ。是非の理なんぞよく定むべけん。
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48年2ヶ月と7日の生涯
渡辺崋山
Kazan Watanabe 【異才の改革者】
(1793.09.16〜1841.11.23=寛政5〜天保12)
自刃--- 乙女座
(2009.05.12更新)
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▲「蛮社の獄」に連座した画家、思想家にして藩政家・渡辺崋山。
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48年2ヶ月と12日の生涯
ベンヤミン
Walter Benjamin 【都市の遊歩者】
(1892.07.15〜1940.09.27)
スペイン警察による強制送還の脅しにあい服毒自殺---蟹座
(2008.06.29更新)
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▲『パサージュ論』で知られる20世紀を代表するドイツのユダヤ系思想家・ベンヤミン。

▲ベンヤミンの著作「複製技術時代の芸術作品」は写真、映画の出現によって芸術作品の価値、見方がどう変わったかについて 1936年出版されたものでよく知られた本である。今回美術史専門であるが他分野でも多くの評論を書いている多木氏がこの著書についてベンヤミンの他の著作も引用しながら解説したのがこの本である。
多木浩二著 岩波現代文庫
★ベンヤミン語録★
◆「作品は構想のデスマスクである」
◆「ファシズム=政治の耽美主義化の極まりとして戦争が出現する」
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48年3ヶ月と4日の生涯---2006年、生誕100年
カリール・ジブラン
Kahlil Gibran 【“愛の啓示”の詩人・小説家・画家】
(1883.01.06〜1931.04.10)
結核と肝硬変---山羊座
(2007.054.29掲載)
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▲30種以上の言語に訳され、世界中の人々に愛読される、伝説的な本『THE PROPHET(預言者)』があるカリール・ジブラン。


◆ジブラン美術館からは、山と谷を望むブシャーレの美しい町並みを見渡すことができる。


★ジブラン語録★
あなたの喜びは、あなたの悲しみが仮面を脱いだもの。
◆仕事とは目に見える愛である。
◆衣裳は美しさを覆い隠しはしても醜さは隠せない。
---『The Prophet(預言者)』より
---(2)。
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48年3ヶ月と28日の生涯---2006年、生誕100年
坂口安吾
Ango Sakaguthi 【完璧なる挫折者】
(1906.10.20〜1955.02.17)
脳溢血---天秤座
(2007.12.04更新)
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▲太宰治と並んでデカダンスの作家としてあまりに有名な小説家・坂口安吾。

▲ 「人間は生き、人間は墜ちる。そのこと以外の中に人間を救う便利な近道はない(角川文庫『堕落論』より)」
★坂口安吾語録★
◆「ふるさとは語ることなし」
(坂口安吾文学碑の碑文)
◆「悪妻というものには、一般的な型はない。もしも魅力によって人の心を開くうちは、悪妻ではなく、良妻だ。いかに亭主を苦しめても、魅力によって亭主の心を惹くうちは良妻なのだろう。魅力のない女は、これはもう、決定的な悪女なのである」
(『堕落論』・「悪妻論」)
◆「生きよ堕ちよ、その正当な手順の外に、真に人間を救い得る便利な近道が有りうるだろうか」
◆「人間は人間のみを恋す」
◆「人間の尊さは 自分を苦しめるところにある」
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48年4ヶ月21日の生涯
深浦 加奈子
Kanako Fukaura 【鋭いバイプレーヤ】
(1960.04.04〜2008.08.25=昭和35年~平成20年)
S状結腸癌---牡羊座
(2008.09.27掲載)
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▲小姑役やお局役など様々な役柄をこなし、名脇役と評された女優・深浦 加奈子。
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48年4ヶ月23日の生涯
J.C.マクスウェル
James Clerk Maxwell 【電磁気学理論体系の建設者】
(1831.06.13〜1879.11.05)
胃癌---双子座
(2006.12.12更新)
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▲ マクスウェルの方程式を基礎とする電磁気学理論体系を建設。

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48年4ヶ月と24日の生涯
レオン・フーコー
Jean Bernard Leon Foucault 【フーコーの振り子】
(1819.09.18〜1868.02.11)
死因?---乙女座
(2006.02.20掲載)
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▲フーコーの振り子の発明で知られるフランスの物理学者レオン・フーコー。

◆幾何学模様の床の上で揺れる振り子。

◆パンテオン外観=アントワーヌ・プーペル。
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48年5ヶ月ジャストの生涯-----2004年生誕100年
堀 辰雄
Tatsuo Hori 【『風立ちぬ』の生みの親】
(1904.12.28〜1953.05.28)
肺結核---山羊座
(2004.07.29更新)
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▲『風立ちぬ』で知られる昭和期の小説家・堀辰雄。
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48年5ヶ月と29日の生涯
松本善登
Yoshito Matsumoto 【いつも二番手】
(1933.06.15〜1981.12.14)
癌---双子座
(2005.11.07更新)
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▲日本の競馬史上、初の5冠馬であるシンザンに騎乗した松本善登騎手。
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