|
55年6ヶ月ジャストの生涯
久生十蘭
Juuran Hisao 【小説の魔術師】
(1902.04.06〜1957.10.06)
死因?---牡羊座
(2005.08.31掲載)
|
★多面体作家

▲凝りに凝った小説手法と変幻自在なストーリーレリングで「小説の魔術師」と呼ばれ、江戸川乱歩に次ぐ探偵小説の大家・久生十蘭。
|
55年6ヶ月と12日の生涯
ルドルフ・ジーゼル
Rudolf Diesel 【ドイツの技術者】
(1858.03.18〜1913.09.30)
謎の失踪---魚座
(2005.11.30更新)
|

▲ディーゼルエンジンの発明者・ルドルフ・ジーゼル。

◆「ディーゼルエンジンはいかにして生みだされたか」(山海堂)
著者:ルドルフ・ディーゼル/訳・解説:山岡茂樹
|
55年6ヶ月と12日の生涯
萩原朔太郎
Sakutarou Hagiwara 【口語自由詩の確立者】
(1886.10.31/11.01?〜1942.05.11)
肺炎---蠍座
(2008.04.27更新)
|
★『月に吠える』で知られる詩人
▲反自然主義の立場から新しい抒情性を追究し、『月に吠える』で知られる詩人 ・萩原朔太郎。
★朔太郎語録★
◆「妻たちは決してその良人のためには化粧しない」
◆「羞恥心は塩のようなものである。それは微妙な問題に味をつけ、情趣をひとしお深くする」
◆「萩原朔太郎の辞世をお供えします。
〈はかなしや病ひいえざる枕べに7日咲きたる白百合の花〉」(3)。
◆「〈郵便局といふものは、港や停車場やと同じく、人生の遠い旅情を思はす…〉。萩原朔太郎の詩「郵便局」にある」(6)。
|
55年6ヶ月と22日の生涯
花登 筐
Kobako Hanato 【「細うで繁盛記」の生みの親】
(1928.03.12〜1983.10.04)
肺ガン---魚座
- 劇作家・脚本家・演出家。本名:花登善之助(旧姓川崎)。大津市上北国町(長等一丁目)に生まれ。
- 同志社大学卒業後、船場商社に入社するが病のため退社。民放開始とともにその才能を見出され、喜劇の道を歩む。
- 昭和23年(1948年)、大津で自立劇団人間座の結成に参加、後に文芸座を創立するなど演劇活動に取り組む。
- 昭和33年「やりくりアパート」(朝日放送)の脚本・演出でテレビデビュー、以後「番頭はんと丁稚どん」(朝日放送)、「細うで繁盛記」(読売テレビ)、「どてらい男」などで一世を風靡。
- 劇団「笑いの王国」「喜劇」を主宰、昭和43年「飛騨古系」で芸術祭文部大臣賞、同57年、第一回滋賀県ブルーレイク賞を受賞。
- その他舞台の脚本を担当。生涯の舞台脚本数500本、テレビ脚本6,000本に及んだ。女優、星由里子と結婚。
- ちなみに超カルト野球アニメ「アパッチ野球軍」の原作者でもある。
¶:出典・情報源・参考文献・参考サイト:
(1)
(2004.09.21更新)
|

▲「細うで繁盛記」で一世を風靡した花登筐。
◆「銭の花は清らかに白い だがその匂いは汗の臭いがする」
(細腕繁盛記)
◆「泣くは人生、笑うは修業、勝つは根性」が人生訓。
|
55年6ヶ月と23日の生涯
グスタフ・クリムト
Gustav Klimt 【官能と恍惚の画家】
(1862.07.14〜1918.02.06)
スペイン風邪(梅毒?)---蟹座
(2006.11.25更新)
|
|
55年7ヶ月ジャストの生涯
ヘンリー8世
Henry VIII, 【16世紀の英国王】
(1491.06..28〜1547.01.28)
ロンドンで心臓麻痺のため死亡---蟹座
(2005.12.17更新)
|

▲離婚問題から発展して宗教改革を断行、絶対君主制を確立したヘンリー8世。
|
55年7ヶ月と3日の生涯
フェノロサ
Ernest Francisco Fenollosa 【米国の東洋美術史家】
(1853.02.18〜1908.09.21)
ロンドンで心臓麻痺のため死亡---水瓶座
(2005.01.11更新)
|

▲日本美術の紹介に尽力した米国の東洋美術史家、哲学者・フェノロサ。
▲メアリー夫人
|
55年7ヶ月と3日の生涯
クロード・ドビュッシー
Achille-Claude
Debussy 【近代仏音楽の雄】
(1862.08.22〜1918.03.25)
直腸癌のため死去---獅子座
(2009.05.23更新)
|

▲近代フランス音楽の雄とされる作曲家・クロード・ドビュッシー。
(イラスト 玉野安実嬢)
◆「音楽は本質的に、窮屈で伝統的な形式には収まらぬものだという事を、私は、ますます以て確信している。音楽は、色彩と律動づけられた時の流れによって構成されるのだ。」
|
55年7ヶ月と3日の生涯
ビル・ヘイリー
Bill Haley 【ロックン・ロールの出発点】
(1925.07.06〜1981.02.09)
心臓麻痺---蟹座
(2005.05.20更新)
|

▲ロックンロールの先駆者、"ロックンロールの父"にして、1曲だけで音楽史に名を残したロッカー、ビル・ヘイリー。

|
55年7ヶ月24日の生涯
いわさきちひろ
Thihiro Iwasaki 【絵本作家、画家】
(1918.12.15〜1974.08.08)
原発性肝ガン---射手座
(2007.12.26更新)
|
|
55年8ヶ月と3日の生涯
ユリウス・カエサル/シーザー
Gaius Julius Caesar 【世界の運命を握った男】
(BC100.07.12〜BC44.03.15)
暗殺---蟹座
- 古代ローマの将軍、独裁官、政治家。英語読みではシーザー。「ローマの帝政の基礎を築いた人」。
- 名門の出であったが民衆派(ポプラリス)であったため、閥族派(オプティマテス)首領スラの在世中は不遇。スラ没後政界に入り、財務官、大神官などを歴任。前60年ポンペイウス、クラッススと結んで第1回三頭政治を始め、前59年コンスルとなり、国有地分配法を成立させた。
- 前58年―前51年ガリア地方を平定し,再度ブリタニアに渡海遠征した。前49年ポンペイウス,元老院保守派による軍指揮権取上げに反対し、ルビコン川を渡ってローマに入り、反対派を倒す。
以後ポンペイウスを追ってエジプトに進攻、前47年クレオパトラを王位につけ、小アジア、イベリア半島の反乱を鎮圧、独裁的権限をふるった。
- 「ローマ」といえば「皇帝」というイメージだが、カエサルの時代のローマは、元老院主導の共和政だった。国が小さいうちはこれでうまくいっていたが、ローマが次々と他国を征服し、領土が拡大するにつれ、現状に合わなくなる。そこでカエサルは、権力が一人の人物に集中するように政治改革を行う。前44年終身ディクタトルとなり、救貧・植民などの社会改革、ユリウス暦制定などに貢献。
- 誕生月である7月の呼び名を自らの名前「ユリウス」に改めた。7月の英語名「ジュライ」はこれに由来する。カエサルに後継者アウグストゥスも8月を自分の名前に改めた。英語の「オーがスト」である。そして2月から1日切り取って8月を「大の月」に変えている。
- しかし改革を完成する前の前44年、カエサルは、ポンペイウス回廊でカシウス、マルクス・ブルートゥス、カッシウスら熱烈な共和主義者たちによって暗殺される。
- カエサルの改革は彼の養子オクタヴィアヌスによって確立され、オクタヴィアヌスは初代皇帝アウグストゥスとなる。その後の皇帝たちはカエサルを神として崇め、祭っている。
- 人間としてのカエサルは、名門貴族の生まれであったばかりでなく、知性、判断力、忍耐力にも優れ、人間的な魅力のあふれる人だった。彼の魅力にひかれ、兵士たちは喜んで彼に従ったという。まさに指導者たる素質をすべて持っていたといえる。
- カエサルはまた、「禿げの女たらし」のあだ名どおり、たくさんの愛人がいた。中でもプトレマイオス朝エジプトの女王、クレオパトラ7世が特に有名。2人の間には、カエサリオン(プトレマイオス=カエサル、のちプトレマイオス15世)という息子が生まれる。
- カエサルは文化人としても有名で、彼の著作には、ガリア(現フランス)遠征の様子を描いた『ガリア戦記』と、ポンペイウスとの戦争の経過を記した『内乱記』などの史書を残す。どちらも今日まで読まれており、ローマ時代の文章の傑作に数えられる。
- 「若き日のカエサルは「千三百タレント」の借金があったという。兵士10万人を1年間、雇える額である。大半は書籍と愛人への贈り物に消えたらしい。借金も巨額になれば借り手の悩みに種ではなく、貸し手の悩みの種になる。カエサルが平然としていられたのは、貸し借りの心理を見抜いていたからだろう」(1)。
- 「「三月十五日に御用心を」「なに奴(やつ)だ、あれは?」「占い者が三月十五日に御用心をと申しております」「連れてまいれ、これへ……」。シェークスピアの『ジュリアス・シーザー』(岩波文庫・中野好夫訳)の一場面だ。古代ローマの独裁者シーザーは、紀元前44年の3月15日に、元老院の議場で暗殺された」(2)。
- 「カエサルは40代後半から生え際の後退が著しく、禿を隠すのに苦労するほどの美男ではなかったにもかかわらずモテた。塩野さんの『ローマ人の物語』の分析によると
1-莫大な借金を抱えるくらいお金を使い、愛する女性たちを豪華な贈り物攻めにした。
2-愛人の存在を誰にも隠さなかった。それによってスキャンダルになることはなかった。
3-カエサルは女たちとの誰とも手を切らなかった。それゆえに恨まれなかった。
---潮野さんは断言します。「女は無視されるのが一番何よりも傷つく」「女と大衆はまったく同じだ。人間の心理をどう洞察するかは、性別も数も関係ないからである」(3)。
- 「軍人にして天才政治家ユリウス・カエサル。素朴な共和国家を世界帝国にジャンプアップさせた頭脳と行動!!」(4)。
- 「すべての道はローマに通じるが、すべての金はローンにまわる」(詠ミ人知ラズ)。
¶:出典・情報源・参考文献・参考サイト:
「イタリア旅行(9)
シーザーの址」
(1)新潮社「ローマ人の物語IV」塩野七生。
(2)朝日新聞2006.03.15朝刊「天声人語」より抜粋。
(3)読売新聞2006.11.11朝刊「五郎ワールド」より抜粋・ リライト。
(4)「マンガローマ帝国の歴史 前3巻」の新聞広告より抜粋。
(2007.04.01更新)
|

▲ローマの帝政の基礎を築いた政治家・ユリウス・カエサル/シーザー。
|
55年8ヶ月と14日の生涯
大浦 慶
Kei Ooura 【日本茶輸出貿易の先駆者】
(1828.07.30〜1884.04.13=文政11年6月19日〜明治17年4月13日)
死因? 獅子座
(2010.01.09更新)
|
|
55年9ヶ月と6日の生涯
生原昭宏
Akihiro Ikuhara 【通称「アイク生原」】
(1937.01.20〜1992.10.26)
胃癌 ---山羊座
(2006.09.18掲載)
|

▲MLB、ロサンゼルス・ドジャース球団職員で、アマチュア野球選手・指導者、生原昭宏。
|
55年9ヶ月と8日の生涯
真部 一男
Kazuo Manabe 【将棋界のプリンス】
(1952.02.16~ 2007.11.24)
転移性肝腫瘍---水瓶座
(2009.04.19掲載)
|

▲若き日には端麗な容姿も手伝って「将棋界のプリンス」と呼ばれ、時代劇に幕末の名棋士天野宗歩役でテレビ出演するなどマスコミにもしばしば取り挙げられた真部 一男。
|
55年9ヶ月と16日の生涯
宿沢 広朗
Hiroaki Syukusawa 【運を支配した男】
(1950.09.01〜2006.06.17)
登山中に心筋梗塞を発症---乙女座
(2007.06.21掲載)
|

▲元ラグビー選手、ラグビー日本代表監督にして三井住友銀行取締役専務執行役員コーポレートアドバイザリー本部長を務めて金融界においても実績を残した天才ラガーマン・宿沢広朗。
|
55年10ヶ月と8日の生涯
嵯峨天皇
Saga 【平安初期の第五十二代の天皇】
(786.09.07〜842.07.15)
死因?---乙女座
(2005.03.12掲載)
|

▲56歳の生涯で50人の子がいた嵯峨天皇は。そのうち32人が源氏に天下りしたという。
|
55年10ヶ月と10日の生涯
ニーチェ
Friedrich Wilhelm Nietzsche
【元祖ニヒリズムの哲学者】
(1844.10.15〜1900.08.25)
梅毒からくる脳炎---天秤座
(2008.04.27更新)
|
★観念の仮面劇(マスカレード)
▲あらゆる価値転倒の試みにあっては、その矛先をソクラテス的主知主義、ドイツの教養俗物、ワーグナー、キリスト教的プラトン主義等へと向け、一貫してニヒリズムと形而上学の克服を目指した哲学者・ニーチェ。(イラスト 玉野安実)
★ニーチェ語録★
◆「人間は樹木のようなものだ。高みへ、明るみへ登れば登るほど、その根はいよいよ強く地中へ、暗い方へ、悪へ向かう」
◆「地球は皮膚を持っている。そしてその皮膚は様々な病気を持っている。その病気の一つが人間である」
◆「私の文体は、舞踏なのです」
|
55年11ヶ月と1日の生涯
ゴーギャン/ゴーガン
Paul Gauguin 【探し求めた南方の楽園】
(1848.06.07〜1903.05.08)
ドミニカで熱病---双子座
- 「ゴーガン」とも呼ばれる。パリ生れ。
- 35歳で株式取引店を辞し、次いで妻子とも別れて画業に専念。当然の貧困からきた家庭崩壊。初めピサロに学び、印象派に接近。
- ブルターニュとマルティニク島を往復する間にサンテティスムに魅せられ、装飾性をもちながらも,単純な色彩と形態を通して精神の深みを追求し、独特の象徴主義絵画に到達した。
- エミール・ベルナールらとポンタベン派を形成している。その後、南仏アルルでのゴッホとの共同生活と悲劇。
- パリのデカダンな生活を呪ったあげく、南洋人の原始性にあこがれて、1891年にタヒチ島に渡り、「タヒチの女」など明るく強い陽光の下に輝く色彩で女達の生活を描く。
- 後いったん、パリに戻るが、腐敗したヨーロッパ社会にあきあきしていたゴーガンは、タヒチに移り住み、さらに、ドミニク島に移り、「海辺の騎手」などの、人間の存在意味を深く問いただす多くの作品を制作。
- 10年余り滞在したタヒチ島で数々の傑作を残す。ゴーギャンはこのタヒチにもだんだん西洋文化が流入してくることを嫌い、更に1901年タヒチから1500km北東のヒヴァ・オア島に移る。ここが彼の最期の地に。
- 生活苦の中、現地の人たちともいさかいを起こしたりしつつ、1903年5月8日マルキーズ諸島のドミニカ島で不遇と孤独のうちに死んだ。
- 代表作に『黄色いキリスト』(1889年)、『イア・オラナ・マリア』(1891年)、『われわれはどこから来たのか。われわれは何か。われわれはどこへ行くのか』(1897年)などがある。
- 『ノア・ノア』は1891年の最初のタヒチ滞在の紀行文。行き詰まった西洋文明から逃避し、タヒチにわたり、印象派の技法を捨てて、プリミティブな表現の中に自己発見の道を求め続けた。純色の広い色面を用いる総合主義を始め、「黄色いキリスト」「タヒチの女」などの傑作を描いく。
- 「ゴーガンはヨーロッパの文明に疲れ、自らを野生の美と官能の中に解放し、そこから新たな創造を生み出そうとした。彼は大胆な色彩とタッチで大自然の中を生きる島の女たちを描いた。島には神話的世界を表現する絵画や彫刻もあった。つまり島にも芸術はあったが、芸術家とか画家といった職業も言葉もなかった。だから人の姿を描いて過ごすゴーガンを、島の人は「人間を作る人間」と呼びかけた」(1)。
- 「ゴーギャンは1891年から93年にかけてタヒチに滞在し、その後一旦フランスへ戻ってくる。経済的困窮がその理由だが、タヒチで描いた作品を世に問い、画壇に確固たる地位をきづき、デンマークにいた妻子を呼び寄せて、もう一度家庭をきずきたいという思惑もあったようである。しかしその希望は無惨にもうち砕かれ、彼はヨーロッパに愛想を尽かし、は永住を覚悟して、1895年、再びタヒチへ向かう。けれどこの第二次滞在は、貧窮、病苦、孤独と、楽園どころか地獄の様相さえ呈した。1898年(50歳)、彼は、最愛の娘アリーヌの死を知らせる妻の短い手紙を受け取ったあと、遺言のつもりで大作「われらはどこから来たのか?われらは何者なのか?われらはどこへゆきのか?」を描き、直後に自殺をはかったほどだった」(2)。
- 「水兵、株式仲買人、そして画家。三つの人生を生きた男の人間力」(3)。
- 自らをキリストにも野蛮人にも見立てたゴーガンの波乱の人生は、彼の自画像に刻印されている。
¶:出典・情報源・参考文献・参考サイト:
(1)読売新聞2005.09.17夕刊 松山巌「言葉を生きる」より抜粋、リライト。
(2)読売新聞2006.10.16夕刊「大エルミタージュ美術展」(岡谷公二)より抜粋。
(3)「Gayguin」(東京通信社)創刊号の新聞広告より抜粋。

◆「われらはどこから来たのか?われらは何者なのか?われらはどこへ行くのか?」
(2008.05.16更新)
|
★「野蛮」を夢見た誇り高き男★
▲後期印象派を代表するフランスの画家・ゴーギャン。
(イラスト 玉野安実)


▲自画像。

◆【かぐわしき大地】 ポール・ゴーギャン[フランス 1848-1903][油彩・キャンバス 92×73.5? 1892] 大原美術館[岡山県]
南国の楽園に見つけた,たくましき大地の女神。

◆「果実を持つ女」(1893) 中央で果実を持つ女は、当時ゴーギャンが一緒に住んでいたマリオ族の少女、テフラといわれる。

◆「黄色いキリスト」
|
55年11ヶ月と2日の生涯
ロアルト・アムンゼン
Roald Amundsen 【ノルウェーの探検家】
(1872.07.16〜1928.06.18)
スピッツベルゲンに向かったまま消息を絶った---蟹座
- オスロ大学で医学を修めたのち、探検に志して航海術に熟達、1903年―1906年小帆船ヨーア号で北西航路の初の周航に成功。
- 1910年に南極探検に出発、R.F.スコットとの激しい競争の末、1911年(39歳)12月14日初めて南極に到達。
- 1925年エルズワースとともに飛行艇による北極横断を試みたが失敗。
- 1926年5月ノビレ、エルズワースとともに飛行船ノルゲ号で北極横断飛行に成功。
- 1928年6月北極飛行中に遭難したノビレの救援に飛行機で出発したが、スピッツベルゲンに向かったまま消息を絶った。
¶:出典・情報源・参考文献・参考サイト:
(2004.01.05掲載)
|

▲初めて南極に到達したノルウェーの探検家・ロアルト・アムンゼン。
|
55年11ヶ月と9日の生涯
O・シュペングラー
Oswald Spengler 【『西洋の没落』の著者】
(1880.05.29〜1936.05.08)
死因?---双子座
(2005.04.15更新)
|
★ドイツの思想家・歴史哲学者

▲『西洋の没落』において思想界に衝撃的影響を及ぼしたオスヴァルト・シュペングラー。

z
|
55年11ヶ月と25日の生涯
ウガンダ・トラ
Tora Uganda 【元ビジーフォー】
(1952.06.06〜2008.05.31)
急性呼吸不全---双子座
(2008.06.07更新)
|
★デブキャラの先駆

▲元・ビジーフォーメンバーで、男性タレント、ドラマーのウガンダ・トラ。
★ウガンダ名言集 ★
◆「カレーライスは飲み物、幼少時代から噛んだことがない」:
『オレたちひょうきん族』の「ひょうきんベストテン」でのバックのセットの一部としてカレーライスを食べるという配役をしていたところあまりにその食べるスピードが早く、思わずインタビューされてしまった時の一言から来ている。
◆「カレーは別腹」:『ラジかるッ』の「彦摩呂のまんぷく道場」にて発した。
◆「オカワリって言ったら、下品かなぁ」
|
55歳の エポック!
- イワン・パブロフ、消化液分泌の神経支配を解明した業績に対し、1904年(55歳)ノーベル生理医学賞。
- ビリー・ワイルダー、「アパートの鍵貸します」で1961年(55歳)にアカデミー賞の作品賞と監督賞、脚本賞を受賞し、同賞の3部門を初めて制す。
- 千石イエス(千石剛賢)、55歳(1978年5月)26人の会員と集団失踪、各地を転々とする。
(2004.07.23更新)
|