62歳の シンクロニシティ!
- 62年の生涯で3人の哲学者が逝っている。アリストテレスとガタリ、ウィトゲンシュタインである。

●ギリシャ哲学を体系化した「万学の祖」といわれるアリストテレス(BC384.?〜BC322.?) は海峡に投身し62年?の生涯(?座)。
●ドゥルーズと共に"ポスト構造主義" の先駆者の一人・ガタリ(1930.?〜1992.08.29)も死因?で62年?の生涯(?座)。
●哲学の根本問題、すなわち世界の可能性の限界は画定できるか、という問題に挑んだ20世紀の最も重要な哲学者の一人ウィトゲンシュタイン(1889.04.26〜1951.04.29)
も前立腺癌で62年と3日の生涯(牡牛座)であった。
- また、3人の宗教者も他界した。ルター、マホメット、ノストラダムスである。

●ドイツの宗教改革者、宗教改革の先駆者マルティン・ルター(1483.11.10〜1546.02.18) は死因?で62年3ヶ月と8日の生涯(蠍座)。
●アブラハム、モーセ、イエスに続く最後の預言者とされるマホメット(570.01.23〜632.06.08)も死因?で62年4ヶ月と16日の生涯(水瓶座)だった。
●さらに「1999年人類破壊」の予言詩であまりに有名なフランスの占星術師、医師・ノストラダムス(1503.12.14〜1566.07.02)も死因?で62年6ヶ月と18日の生涯(射手座)だった。
- さらに、音楽界でもドボルザークとラヴェルが共に人生の幕を下ろした。

●チェコの作曲家アントニン・ドボルザーク(1841.09.08〜1904.05.01)は、脳溢血のために死去し62年7ヶ月と23日の生涯(乙女座)。
●20世紀の夜明けを象徴する耽美的な世界を描いたフランスの作曲家・モーリス・ラヴェル(1875.03.07〜1937.12.28) も自動車事故-精神錯乱-脳が萎縮するピック病で62年9ヶ月と21日の生涯(魚座)を閉じた。
- 画家では円山応挙、キスリング、ルーベンスの三人が枕をを並べた。

●江戸中期の画家で円山派の始祖・円山応挙(1733.05.01〜1795.07.17)は 、健康を害し歩行困難になり、眼病にも罹り62年2ヶ月と16日の生涯
(牡牛座)。
●「モンパルナスの帝王」と呼ばれたフランスの エコール・ド・パリの画家・キスリング(1891.01.22〜1953.04.29)は、
死因?で62年3ヶ月と7日の生涯 (水瓶座)。
●ドイツはフランドルのバロックを代表する宮廷画家・ルーベンス(1577.06.28〜1640.05.30)も 死因?で62年11ヶ月と2日の生涯
(双子座)。
- そして、心理学&生理学関連でもキンゼイとマズローがシンクロしている。
●“キンゼイ・レポート”で、アメリカ人の性の実態を明らかにし、1960年代に起こる性革命のきっかを作ったアルフレッド・チャールズ・キンゼイ(1894.06.23〜1956.08.25)は、心不全で62年2ヶ月と2日の生涯(蟹座)。
●従来の心理学が避けてきた、より人間的なものの研究に道を開き発達心理学に貢献したアメリカの心理学者アブラハム・マズロー(1908.04.01〜1970.06.08)も、心臓発作で62年2ヶ月と7日の生涯(牡羊座)。
(2006.10.28更新)
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62年?の生涯
黄帝
Koutei 【漢民族の始祖とされる伝説の帝王】
(BC2510.?〜BC2448.?)
死因?---?座
(2010.03.20掲載)
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▲神話伝説上では、三皇の治世を継ぎ、中国を統治した五帝の最初の帝であるとされる。また、三皇のうちに数えられることもある黄帝。
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62年?の生涯
子路
Shiro 【孔子の一番弟子】
(BC543/542〜 BC481/580)
反乱で落命---?座
(2008.05.30更新)
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★孔門十哲の一人
▲直情径行だが孔子に心服。ボディガード的役目を務め、勇を好み、孔子に献身的に師事した中国、春秋時代、魯(ろ)の学者・子路。
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62年?の生涯
アリストテレス
Aristoteles 【万学の祖】
(BC384.?〜BC322.?)
海峡に投身死---?座
- プラトンと並ぶ古代ギリシアの二大思想家、哲学者、科学者。プラトンの弟子にしてアレキサンダー大王の師、「万学の祖」といわれる。
- マケドニア王の侍医ニコマコスの子として北ギリシャのスタゲイラに生まれる。17歳の時、 アテナイに出てプラトンの学園アカデメィア
に入学し、以後プラトンの死まで20年在籍した。
- プラトンへの 尊敬と称賛の念は生涯持ち続けたが、次第に思想上の齟齬をきたし、最後には決別。
- 父がマケドニア王の侍医をしていたこともあって、プラトン の死後、全ペルシャを手中に収めたアレクサンドロス大王の家庭教師を務めた(41歳)。
- 各地を巡ったのちアテナイ郊外に「リュケイオン」と呼ばれる「アカデミア」に拮抗する学校を設立し(48歳)、12年間研究に専心。その学徒をペリパトス(逍遥)学派という。
- アレクサンドロス大王が没し、アテナイに反マケドニア運動がもち上がると、市民から弾圧されアリストテレスはギリシャ、オイベア、カルキスに隠退し、翌年死す。
- 「エウリポスよ、わたしをのみこめ。わたしはお前を理解することができないから」といって、海峡に投身して死んだといわれる。常人には理解不可能。
- 学の全分野で今日まで用いられる術語・概念・方法の多くがアリストテレスに発する。学問全体としてみれば影響力は史上最大か。
- 人間がよりよい行いをするよう「習慣づけ」ていくところに実践学たる政治学の重要な意味を見いだす。
- 認識論・知識論の基礎となる4原因(形相因、質料因、始動因、目的因)の措定。「形相(エイドス)と質料(ヒュレー)」「可能態(デュナミス)と現実態(エネルゲイ
ア)」などを基本概念に構成。
- プラトンのイデア説と比べると経験主義的 な傾向を示すとともに、全般的に生物学を中心とした目的論的性格を帯びている。
- 数学への貢献としては論理学の整備、無限に関する考察。円周率が無理数であることを指摘、三段論法の定式化など。
- その他、動物の発生や分類の研究、プトレマイオス・クラウディオスの宇宙体系と結びつくことになる天体論が重要。
- イスラム圏での受容を経てスコラ学に統合されるに至り、長くキリスト教的世界観を支える哲学となったことも特筆される。
- 論理学、自然学、倫理学、美学、一般哲学など当時のあらゆる学問を一つの体系に 作り上げ、ヘレニズム時代、ローマ時代にとどまらず、中世の哲学や科学にも多大な
影響を及ぼした。
- アリストテレスの哲学はタレスからデモクリトスに至る唯物論とピタゴラスやプラトンの観念論をつなぐ巨大な哲学。発展を中心思想としている。そしてその後の進化論の母胎となったといわれる。ここに当時なお成立途上に迷っていた諸科の学は一応一個の学として直ちに近代の諸科学を準備しただけでなく、ヘーゲルの弁証法的観念論を越えてマルクスの弁証法的唯物論を思わせる域に達した。
- 彼の著作『オルガノン』は学問探究の「道具」という意味。
- アリストテレスはアレクサンドロス大王に何を教えたんだろう?。
- ボクは設計した障害者施設に「アリス」と「テレス」という名前を与えた。
¶:出典・情報源・参考文献・参考サイト:
(1)
(2005.04.05更新)
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▲ギリシャ哲学を体系化した「万学の哲人」・アリストテレス。

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62年?の生涯
陶淵明
Enmei To 【超俗の詩人、田園詩人、自然詩人】
(365.?〜427.?)
死因?---?座
(2005.02.17掲載)
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▲平易な語で田園の生活や隠者の心境を歌って一派を開き、唐に至って王維・孟浩然など多くの追従者が輩出した陶淵明。
◆「かえりなん いざ 田園はまさに荒れんとするに なんぞ帰らざる」
◆「歳月人を待たず」
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62年?の生涯
玄奘/三藏法師
Genjou 【唐代の高僧/法相宗の始祖】
(602.?〜664.03.07=仁寿2年〜 麟徳元年2月5日)
死因?---?座
(2010.09.23更新)
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▲三蔵法師として知られる中国、唐代の高僧・玄奘。

◆玄奘三蔵訳経像(薬師寺)
(写真:読売新聞2005.10.14より)


◆夏目雅子が演じた西遊記(1978)。


◆深津絵里が演じる西遊記(2006).
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62年?の生涯
伊勢姫
Isehime 【三十六歌仙の一人】
(877年?〜939年?)
死因?---?座
(2006.10.10掲載)
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▲十世紀初頭に成立した『古今集』の時代に活躍した女流歌人・伊勢姫 。


▲伊勢寺(伊勢姫の終焉の地)
「たまさん、ありがとうございました。小町の歌が3首採用されているので、伊勢の歌も右側のスペースに是非お願いします」(2)。
◆「見る人もなき山里のさくら花ほかの散りなん後に咲かまし 」
◆「涙さえしぐれにそいてふるさとは紅葉の色も濃さまさりけり 」
◆「冬枯れののべとわが身をおもひせばもえても春をまたましものを 」
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62年?の生涯
チマブーエ
Cimabue 【イタリア、ゴシック期の画家】
(1240.?〜 1302.?)
死因?---?座
(2012.01.29掲載)
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◆ゴシック期のフィレンツェで活躍した画家チマブーエ。
▲聖母と天使たち 1270頃 ルーヴル美術館

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62年?の生涯
オッカムのウィリアム
William of Ockham 【オッカムの剃刀】
(1285.?〜1347.?)
ペスト---?座
(2011.02.26掲載)
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◆フランシスコ会会士、後期スコラ学を代表する神学者、哲学者オッカムのウィリアム。
▲サリーにある教会のステンドグラスに描かれたオッカム

▲1341年に描かれたと思われるオッカムの似顔絵
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62年?の生涯
ボッカッチョ
Giovanni Boccaccio 【『デカメロン』の生みの親】
(1313.?〜1375.12.21)
死因?---?座
- 父はフィレンツェ近郊出身の商人。
- ナポリへ商業の見習に行き文学に熱中、ナポリ王の庶子マリア(?)との恋をうかがわせる寓意的な恋物語を韻文、散文で書く。これは帰郷後にも『アメート』『フィアンメッタの悲歌』などと続くが、やがてペストで荒廃したフィレンツェを背景とした『デカメロン』を著し、イタリア散文文学の代表的作家となる。
- ほかに人文主義的研究の著作『名士列伝』や『ダンテ伝』、フィレンツェ市の招きで『神曲』講義などの仕事を残した。
- 『デカメロン』は『十日物語』の意。40歳の作。10人が10日間、毎日それぞれ1話ずつ語って聞かせる形式で、あらゆる身分の人物の逸話をもりこむ。
- 内容も滑稽、好色、皮肉から、まじめ、悲劇的なものと多様だが、当時の社会の姿を洗練された文体で自由闊達に描き出し、ダンテの『神曲』〈神聖喜劇〉に対して一大「人間喜劇」といった観あり。
¶:出典・情報源・参考文献・参考サイト:
(1)

▲デカメロン 下 /
ボッカッチョ〔著〕河島英昭訳(講談社)
(2007.06.24掲載)
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◆『デカメロン』 の著者として知られるイタリアの作家、詩人、人文学者・ボッカッチョ。

▲ペトラルカ=ボッカッチョ往復書簡 近藤恒一
同じ天才同士のレオナルドとミケランジェロには「とげとげしい応対が目立つ」が、ペトラルカとボッカッチョの関係は「稀にみる美しい友情に染めあげられている」と著者はいう。その稀有な友情が、いま静謐な日本語で明らかになっていく。
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62年?の生涯
エルナン・コルテス
Hernan Cortes 【アステカ帝国の征服者】
(1485.?〜1547.12.02)
死因?---?座
(2012.03.19掲載)
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▲メキシコ高原にあったアステカ帝国を征服したエルナン・コルテス 。

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62年?の生涯
本多 忠勝
Tadakatsu Honda 【無双の勇士】
(1548.?〜1610.12.03?=天文17年〜慶長15年10月18日)
死因?---?座
(2008.02.15更新)
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★徳川四天王・十六神将

▲安土桃山時代から江戸時代前期にかけての武将・大名で、徳川氏の家臣本多 忠勝。
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62年?の生涯
初代 坂田藤十郎
Toujuro sakata 【京の都の最高位の役者】
(1647.?〜1709.?)
死因?---?座
(2006.08.11掲載)
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▲元禄時代の上方で活躍した立役で、和事を完成させた俳優として歴史に名を残す初代 坂田藤十郎。

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62年?の生涯
小西来山
Raizan Konishi 【大阪で活躍した林派の俳人】
(1654.?〜1716.?)
死因?---?座
(2009.05.31更新)
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★肖像を探しています。
▲江戸時代前期、西鶴や芭蕉などと同時代の大阪の俳人・小西来山。(芭蕉は十歳年上、来山の没年に生まれたのが蕪村)。

◆小西来山十萬堂跡 浪速区恵美須西二丁目 地下鉄堺筋線「恵美須町」下車 南西約100m
元禄時代の代表的俳人来山は、平野町の薬種問屋に生まれた。西山宗因に師事したが、芭蕉に近い境地をひらき、十萬堂に住み多くの名句を残した。この建物は昭和20年、戦災で焼失した。
★来山の句★
◆「酔うて酔うて氷くだいて星を呑む」
◆「夕顔や我が葉を敷いてころびねを」
◆「ひや汁にうつるや背戸の竹林」
◆「昼出るはその殺された幽霊蚊」
◆「むしつてはむしつては捨て春の草」
◆「青し青し若菜は青し雪の原」
◆「白魚やさながら動く水の色」
◆「これほどの三味線暑し膝の上」
◆「春の夢気の違はぬがうらめしい」(妻子を失った後再婚した来山が、またしても幼い子を死なせたときに作った句)
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62年?の生涯
武田 耕雲斎
Kohunsai Takeda 【水戸藩の天狗党の首領】
(1803.?〜1865.03.01=享和3年〜 慶応元年2月4日)
斬首---?座
(2007.01.28更新)
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62年?の生涯
柳川一蝶斎 3代目
Ittosai Yanagawa-III 【西洋手品元祖】
(1847.?〜1909.?=弘化4年11月〜明治42年2月17日)
心臓病---?座
(2010.11.10掲載)
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▲江戸時代に柳手妻を完成させた柳川一蝶斎 3代目。
★肖像を探しています。

▲墓は、瑞松院墓地 (谷中1-4-10)。境内墓地。山門より入り右側、塀沿い。正面「三代目/柳川一蝶斎之墓」。
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62年?の生涯
オーヴィル・H・ギブソン
Orville Henry Gibson 【ギブソン社の創業者】
(1856.?〜1918.08.21)
ニューヨーク州オグデンスバークで心内膜炎のため死去 ---?座
(2005.07.31掲載)
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62年?の生涯
村井吉兵衛
Kichibei Murai 【日本たばこ産業の革命児】
(1864.?〜1926.?=元治元年〜)
死因?---?座
(2006.02.19掲載)
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?肖像を探しています。

▲日本初の洋風両切煙草「サンライズ」を発売した明治の民営煙草業者・村井吉兵衛。


◆長楽館(旧村井吉兵衛邸)建築年代:明治42年(竣工)
構造形式:煉瓦造3階建(一部地下1階) 設計:J.M.ガ-ディナ- 施工:清水満之助

◆関西テーラー(旧村井兄弟商会たばこ工場)

◆J.M.ガーディナー
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62年?の生涯
住友 春翠
Syunsui Sumitomo 【 稀代の数寄者】
(1864.?〜1926.?)
死因?---?座
(2005.12.10掲載)
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▲青銅器コレクターとして有名で広く洋画壇のパトロンだった住友 春翠 。
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62年?の生涯
丸岡九華
Kyuuka Maruoka 【明治時代の詩人,小説家】
(1865.?〜1927.07.09)
死因?---?座
(2011.11.23掲載)
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★肖像を探しています。

▲尾崎紅葉らの硯友(けんゆう)社の創立にくわわり,小説「散浮花(ちりうくはな)」や新体詩を発表した丸岡九華。
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62年?の生涯
ワシリー・エロシェンコ
B・Eroshenko 【ロシア出身の盲目の詩人】
(1890.?〜1952.12.23)
死因?---?座
(2006.12.14更新)
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▲北京のメーデーやエスペランチスト大会に参加するなど、日本での活動を延長して続けたロシア出身の盲目の詩人ワシリー・エロシェンコ。

◆バイオリンを弾くエロシェンコと黒光

◆「エロシェンコ氏の像」作:中村 彝(1920年=大正9年)
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62年?の生涯
石原吉郎
Yoshiro Ishihara 【現代キリスト教詩人の代表】
(1915.?〜1977.11.14=大正4年〜昭和52年)
急性心不全---?座
(2010.11.18更新)
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▲日本における現代キリスト教詩人として、代表的な存在の一人・石原吉郎。

◆多磨霊園
◆「サンチョ・パンサが死んだ。私の指標は消えた。「死はそれほどにも出発である/死はすべての主題の始まりであり/生は私には逆向きにしか始まらない/死を<背後>にするとき/生ははじめて私にはじまる/死を背後にすることによって/私は永遠に生きる/私は生をさかのぼることによって/死ははじめて/生き生きと死になるのだ」。昭和52年11月13日は私の青春の墓標となり、新天地への出発点ともなった」(1)。
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62年?の生涯
フェリックス・ガタリ
Felix Guattari 【ポスト構造主義 の先駆者 】
(1930.?〜1992.08.29)
心臓発作---?座
- フランスの精神分析家、哲学者。パリ大学卒。ラ・ボルド診療所共同所長。
- 1960年代よりパリ郊外のラ・ボルドで精神科医たちとともに開放型の精神病院の経営に携わるともに左翼政治運動に加わる
- ジャック・ラカンの影響下にあるパリ・フロイト派に属す。診療のかたわら、哲学的な著述を数多く発表。
- 1968年の五月革命で活動後、ドゥルーズと出会い、分裂症分析の概念などを提示しつつ『アンチ・オイディプス』(1972年共著)で注目を集め、
"ポスト構造主義" の先駆けとなる。
- その後も精神医療と政治を結ぶ活動を展開。『精神分析と横断性』(1972年)やプルースト論『機械状無意識』(1979年)、再びドゥルーズと『千のプラトー』(1980年)を著す。
- 1980年代には『分裂症分析の地図製作法』を著すとともに医療闘争、エコロジー運動と旺盛に活動、三たびドゥルーズと『哲学とは何か』(1991年)を公刊。
- 社会主義と資本主義、二つの体制を精神分析的な方法によって分析し、 "スキゾ(分裂型)" や "リゾーム
(地下茎)" など独特な概念言語を提起。
- 著書に「精神分析と横断性」(74年) 、「分子革命」(77年)、「機械状無意識―スキゾ分析」「精神と記号」「三つのエコロジー」、ドゥルーズとの共著で「カフカ」(75年)、「政治と精神分析」(77年)
、「哲学とは何か」(91年)などがある。
- 晩年は環境保護運動に傾斜していた。 '92年講演のため来日。
- ポスト構造主義:構造主義の継承と克服を図る思想の総称。厳密な用語ではなく、J.デリダ、G.ドゥルーズおよびF.ガタリ、F.リオタール、J.クリステバら主としてフランスの思想家の活動を概括するもの。デリダの影響下に形成された米国の批評思潮をも含める。デリダの〈脱構築〉、ロゴス中心主義批判、ドゥルーズ=ガタリの〈逃走=闘争〉ないしノマディスム、リオタールの〈物語の終焉〉などが指標として語られる。構造主義がなお抱えていた実体主義・形而上学的傾向からの脱却を目指すと言われる。スピノザ、ニーチェ、ハイデッガーへの参照、フェミニズム、マイノリティ、他者性、差異化などへの訴求が特徴であり、後期フーコーの影響が明らかに大きい。時流とは全く無関係に思索したE.レビナスを含め、ポスト構造主義の核心に実践と倫理があることは確実である。
¶:出典・情報源・参考文献・参考サイト:
(1)
(2005.12.09更新)
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▲ドゥルーズと共に"ポスト構造主義" の先駆者の一人・フェリックス・ガタリ。

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62年?の生涯
宮脇 檀
Mayumi Miyawaki 【賃貸マンションに住み続けた建築家】
(1936.?〜1998.10.21)
下いん頭癌---?座
- 建築家 。1936年 愛知県名古屋市に生まれる。1959年 東京芸術大学美術部建築学科卒業。1961年 東京大学大学院修士課程高山研究室終了。
- 1964年 (有)宮脇檀建築研究室を設立。その後、法政大学、東京大学、共立女子大学等の非常勤講師、日本建築家協会理事、東京建築士会評議委員、日本建築学会委員を歴任。
- 1980年 「松川ボックス」日本建築学会賞作品賞。1989 高輪アパート建替設計競技最優秀賞。
- 東京大学、法政大学などで講師。日本建築家協会、日本建築学会、文化庁、建設省などの各種委員を歴任。1991年から日本大学生産工学建築科研究所教授。
- 著書として「日本の住宅設計」、「建築家の眼」、「宮脇檀の住宅」など多数。
- 1998年10月21日、下いん頭癌のため、東京・新宿の病院で死去。
- 宮脇檀は建築家にも拘らず(だからこそというべきか?)代官山の賃貸マンションに住み続けた。「家というものは二十年もたてば、資産価値はゼロになってしまう。日本人は異常なほどに家を壊す民族で、平均すると十七年から二十年の間で家を壊して建て替えている。すると、三千万かけて家を建てても二十年でゼロだから、一年当たりで百五十万円、一ヶ月に十二万五千円支払っている計算になる。それを借金してローンで支払っているとすると、利息がついてほぼ倍の支払いだから、月に二十五万円も家のために支払っていることになる。それならば、毎月二十五万円の家賃で家を借りていることと同じことになるのではないか」(『都市の快適住居学』宮脇檀・PHP文庫)。
- 数年前、近所の喜八チャイナでチャーミングなご婦人と口述筆記しながら食事をとられていたのが最後に見た姿だった。咽頭癌だったのだ。
¶:出典・情報源・参考文献・参考サイト:
(1)
(2003.12.10掲載)
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▲代官山の賃貸マンションに住み続けた建築家・宮脇 檀。
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62年?の生涯
高松次郎
Jiro Takamatsu 【思考する美術家】
(1936.?〜1998.06.25)
死因?---?座
(2004.08.19掲載)
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▲反芸術的なオブジェやパフォーマンスをはじめ、人物や物の影のみを描いた絵画、遠近法を逆転させた立体、木や石に少しだけ手を加えた作品、そして、油彩や水彩による絵画など、実にさまざまなスタイルの作品を作り出した高松次郎。

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