63歳の シンクロニシティ!
- 63歳の生涯には二人の数学者が享年をともにしている。ロバチェフスキーとフェルマーである。
●非ユークリッド幾何学の創始者にしてロシアの数学者ニコライ・ロバチェフスキー(1792.11.20〜1856.02.12)は、晩年失明し63年2ヶ月と23日の生涯(射手座)。
●『フェルマーの最終定理』で有名なフランスの数学者フェルマー(1601.08.17〜1665.01.12)も、死因?ながら63年4ヶ月と26日の生涯(獅子座)。
- また「無線信号の発明者」と「電磁気学の父」、エピクロスの再発見者」と「現代天文学の父」の学者達も逝っている。マルコーニとギルバート、ガッサンディとハッブルである。
 
●「電波を通信に利用できないだろうか」と考えた無線信号の発明者・グリエルモ・マルコーニ(1874.04.25〜1937.07.20)は、死因?で63年2ヶ月と25日の生涯(牡牛座)。
●「電磁気学の父」と呼ばれる英国の医師、物理学者・ウィリアム・ギルバート(1540.05.24〜1603.12.01)は、死因?ながら63年6ヶ月と7日の生涯(双子座)。
●フランスの物理学者・数学者・哲学者で「エピクロスの再発見者」ピエール・ガッサンディ(1592.01.22〜1655.10.24)は死因?で63
年9ヶ月と2日の生涯 (水瓶座)。
●宇宙が膨張していることを発見した「現代天文学の父」エドウィン・ハッブル(1889.11.20〜1953.09.28)も、死因?ながら63
年10ヶ月と8日の生涯だった(蠍座)。
- さらに、竹久夢二繋がりで二人、岸たまきと恩地孝四郎。そして版画家繋がりで池田満寿夫と山本鼎。

●眼の大きな女性で、夢二式美人画の原型となった女性・岸たまき(1882.07.28〜1945.07.09=明治15年〜昭和20年)は、死因?で62年11ヶ月と11日の生涯(獅子座)。
●竹久夢二がはじめて刊行した『夢二画集 春の巻』を見て多くの影響を受けて芸術の道を選んだ版画家・恩地孝四郎(1891.07.02〜1955.06.03)も63年11ヶ月と1日の生涯
で病死した(蟹座)。
●『エーゲ海に捧ぐ』で知られる版画家、作家、映画監督・池田満寿夫(1934.02.23〜1997.03.08)も、急性心不全で63年と13日の生涯
(牡牛座)。
●1904(明治37)年に日本最初の創作版画《漁夫》を制作した版画家・山本鼎(1882.10.14〜1946.10.08)も、腸捻転で63年11ヶ月と24日の生涯
を終えた(天秤座)。
- コメディアン・芸人関連ではハナ肇と古今亭志ん朝とポール牧。

●クレージー・キャッツのリーダー・ハナ肇(1930.02.09〜1993.09.10)は、死因?で63年7ヶ月と1日の生涯(水瓶座)。
●古典落語の名手として活躍した落語家・古今亭志ん朝(1938.03.10〜2001.11.01 AM10:50)は、肝臓がんで63年7ヶ月と22日の生涯
(魚座)。
●コントそのままのバイタリティーあふれる生きざまで話題を集め、指パッチンで一世を風靡した芸人・ポール牧(1941.08.02〜2005.04.22)は、飛び降り自殺で63
年8ヶ月と20日の生涯 (獅子座)。
- 山梨県北都留郡初狩村に生まれた山本周五郎、山梨県南都留郡谷村町(現在の都留市)生まれた檀
一雄もシンクロする。

●直木賞を辞退した作家・山本周五郎(1903.06.22〜1967.02.14)は、肝炎と心臓衰弱のため死去し63年7ヶ月と23日の生涯(蟹座)。
●20年以上に渡り書き続けライフワークとなった『火宅の人』の生みの親・檀 一雄(1912.02.03〜1976.01.02=明治45年・大正元年〜昭和51年)は、死因?で63年10ヶ月と30日の生涯
(水瓶座)。
(2006.12.05更新)
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63年?の生涯
光武帝
Koubutei 【後漢王朝の創始者】
(BC6.?〜57.?)
死因?---?座
(2007.06.21更新)
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▲洛陽に都を置き、後漢をたてた初代皇帝・光武帝。

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63年?の生涯
孟郊
Moukou 【中唐の詩人】
(751.?〜814.?)
死因?---?座
(2007.06.06更新)
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▲中唐の詩人・孟郊。

▲清明上河図ー中華民国国立故宮博物院蔵。
◆「再度 長安のみち空しく涙をもつて花を見る」
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63年?の生涯
ピエール・アベラール
Pierre Abelard 【弟子のエロイーズとのロマンス】
(1079.?〜 1142.04.21)
死因?---?座
(2007.10.12掲載)
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▲「唯名論」学派の創始者として知られ、後にトマス・アクィナスらによって集成されるスコラ学の基礎を築いたとされる中世フランスの論理学者、キリスト教神学者のピエール・アベラール。
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63年?の生涯
平 清盛
Kiyomori Tairano 【平安末期の武将・太政大臣】
(1118.?〜1181.02.04)
失意のうちに熱病で死す---?座
(2006.03.20更新)
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▲平安末期の武将・平 清盛。
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63年?の生涯
鄭和
Teiwa 【中国、明朝時代の宦官・武将】
(1371.?〜1434.?)
死因?---?座
(2006.05.04更新)
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▲コロンブスやバスコ・ダ・ガマなどによる大航海時代よりも1世紀早く大航海を行った明の鄭和。

◆『1421―中国が新大陸を発見した年 』ソニー・マガジンズ。メンジーズ,ギャヴィン【著】〈Menzies,Gavin〉・松本 剛史【訳】
「1421…世界の海でなにがあったのか。15世紀、中国の明の時代。紫禁城をつくった永楽帝は家臣の鄭和に命じた。水平線の彼方の国、地の果ての国、世界のすみずみまで調査せよ!勅命を受けた鄭和は、1421年宝船といわれる巨大なジャンク船団を率い、世界をめざして航海に出た。大航海時代以前のヨーロッパの古地図に描かれていた、新大陸の一部としか思えない島々…なぜ1492年以前の地図にアメリカが描かれていたのか?世界各地に残された膨大な手がかりや「証拠」をもとに、600年の時を遡り、鄭和がコロンブスよりも70年前に新大陸を発見し、マゼランよりも百年も早く世界一周をしていた真実が明かされる。
従来の通説をくつがえし、歴史をもぬりかえる衝撃のノンフィクション。ただの大風呂敷か?」(1)
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63年?の生涯
円空
Enkuu 【放浪の聖】
(1632.?〜1695.07.15)
死因?---?座
(2007.06.06更新)
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▲造物聖・木喰上人と双璧をなす江戸時代の遊行僧・円空。

◆十一面観音菩薩立像
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63年?の生涯
浅野 和三郎
Wasaburo Asano 【日本心霊学の泰斗】
(1874.?〜 1937.?)
死因?---?座
(2009.01.08更新)
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▲日本心霊主義運動の父・浅野 和三郎 。
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63年?の生涯
片岡 敏郎
Toshiro Kataoka 【日本初のヌードポスターの制作者】
(1882.?〜1945.?=明治15年〜昭和20年)
死因?---?座
(2007.07.09掲載)
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▲戦前に活躍したコピーライター(当時の呼び名で「アドライター」) 片岡 敏郎。

◆片岡敏郎「赤玉ポートワイン」1922(モデル:松島恵美子、構成:井上木だ(?)、撮影:川口写真館)サントリー蔵。
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63年と12 日の生涯
オットー・ノイラート
Neurath, Otto 【アイソタイプの考案者】
(1882.12.10〜1945.12.22)
ロンドンで客死---射手座
(2007.06.19更新)
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▲ M・シュリックやR・カールナプとともに<ウィーン学団>の有力な代表者で、論理実証主義の発展を進めた社会学者、経済学者、哲学者、教育者のオットー・ノイラート。
◆「われわれは、自分たちの船をいったんドッグに入れて解体し、最上の部品を用いて新たに建造することができずに、大海上でそれを改造しなければならない船乗りのようなものである」(2)。
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63年と13日の生涯
池田満寿夫
Masuo Ikeda 【『エーゲ海に捧ぐ』の作家】
(1934.02.23〜1997.03.08)
急性心不全。前年に脳梗塞で入院し、いったん快復していた---牡牛座
(2007.07.20更新)
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▲『エーゲ海に捧ぐ』で知られる版画家、作家、映画監督・池田満寿夫。 (イラスト 大城さん)

◆「Springer and Spring」1968
ドライポイント ed.42 11.5×12.6cm
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63年1ヶ月と10日の生涯
山鹿素行
Sokou Yamaga 【江戸前期の儒学(古学)者】
(1622.08.16〜1685.09.26)
死因? ---獅子座
(2006.10.20更新)
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▲ 江戸前期の儒学(古学)者、兵学者・山鹿素行。
★素行語録★
◆「凡そ物必ず十年に変ずる物なり」
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63年1ヶ月と14日の生涯
近衛 十四郎
Juusiro Konoe 【素浪人・月影兵庫】
(1914.04.10〜1977.05.24)
死因?---牡羊座
(2007.02.18掲載)
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▲戦前から戦後にかけて活躍した時代劇俳優で。通常より長い刀を使用し、かつ随一といわれる速い剣捌きで迫力ある殺陣を演じ、時代劇ファンを魅了した近衛 十四郎。
▲松方弘樹(長男)
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63年1ヶ月と19日の生涯
アルフレッド・ノーベル
Alfred Bernhard Nobel 【ダイナマイトの発明者】
(1833.10.21〜1996.12.10)
死因?---蠍座
- ダイナマイト発明したスウェーデンの化学技術者。ストックホルムに生まれ、ペテルブルグで教育を受け、爆薬、魚雷を製造していた父の家業を助ける。
- のち米国で機械工学を学び、33歳でダイナマイトを、次いで無煙火薬を発明。世界各地に爆薬工場を経営し。53歳でノーベル・ダイナマイト・トラストを創立した。
- この間二人の兄とともにバクー油田の開発にも成功し、ノーベル家はヨーロッパ最大級の富豪となった。
- 遺志によりスウェーデン王立科学アカデミーに寄付された遺産を基金としてノーベル賞が設定された。
¶:出典・情報源・参考文献・参考サイト:
(2003.08.17掲載)
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▲ ダイナマイト発明したスウェーデンの化学技術者・アルフレッド・ノーベル。
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63年1ヶ月と19日/68年?の生涯
曽我町子
Machiko Soga 【初代「オバケのQ太郎」の声優】
(1943.03.18〜2006.05.07)
膵臓癌---魚座
(2006.05.11更新)
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▲『チロリン村とクルミの木』や『オバケのQ太郎』の初代オバQなど、声優として活躍した曽我町子。
◆出演作品
テレビ(レギュラー):愛の戦士レインボーマン(ゴッドイグアナ)など。
声優として:オバケのQ太郎(オバQ、1965年版)サイボーグ009(007 グレート・ブリテン、1966年 映画版、1967年
映画版&1968年 TV版)など。
テレビ(ゲスト出演):魔法戦隊マジレンジャー(天空大聖者マジエル 48、49話)など。
ゲーム:天外魔境 第四の黙示録(マダム・アペティ)など。
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63年1ヶ月と27日の生涯
日野 てる子
Teruko Hino 【「ハワイアンの女王」】
(1945.07.13〜2008.09.09=昭和20年〜平成20年)
肺がん--蟹座
(2008.09.20更新)
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▲「夏の日の想い出」のヒット曲で知られるハワイアン歌手・日野 てる子。
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63年2ヶ月ジャストの生涯
フェルナン・クノップフ
Fernand Khnopff 【象徴主義の巨匠】
(1858.09.12〜1921.11.12)
死因?---乙女座
(2008.09.21更新)
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▲ウイーン分離派のクリムトに影響を与えたフェルナン・クノップフ。

▲「愛撫」
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63年2ヶ月と12日の生涯
城 達也
Takuya Jou 【『ジェットストリーム』のナレーター】
(1931.12.13〜1995.02.25)
死因?---射手座
- その低音と穏やかなムードミュージックの選曲で聴集を癒した『ジェットストリーム』の声優。大分県出身。
- ウイークデイの深夜24時から25時までFM東京で放送されていた長寿番組「ジェットストリーム」のナレーター。
- 1967年7月3日(35歳)、日本航空の一社提供で番組がスタート。番組開始から27年がたった1994年秋自ら降板を切り出したという。その年の12月30日「では皆様さようなら。良いお年をお迎えください」と語ったのがオンエア最後の言葉。2ヶ月後、食道がんで城は、空に旅立った。
- その後、番組の案内人は城の弟子だった声優の小野田映一(〜00年)、フリーアナウンサー森田真奈美(〜02年)を経て、現在は4代目の伊部雅人が担当している。
- (オープニング)−BGM:ミスター・ロンリー。
「遠い地平線が消えて、深々とした夜の闇に心を休める時、はるか雲海の上を音もなく流れ去る気流は、たゆみない宇宙の営みを告げています。満天の星をいただく果てしない光の海を、豊かに流れゆく風に心を開けば、きらめく星座の物語も聞こえてくる、夜のしじまの何と饒舌なことでしょうか。光と影の境に消えていった、はるかな地平線もまぶたに浮かんでまいります。これからのひととき、あなたにお送りする音楽の定期便、ジェットストリーム。皆様のお供をいたしますパイロットは、わたくし城達也です」。
- (エンディング)−BGM:夢幻飛行。
「夜間飛行のジェット機の翼に点滅するランプは、遠ざかるにつれしだいに星の瞬きと区別がつかなくなります。お送りしておりますこの音楽が、美しくあなたの夢に溶け込んでいきますように」。
- このナレーションは城達也氏作と聞き及んでおります。ボクが田舎の山梨から青雲の志を抱いて東京に上京してきた頃、駒込のアパート・いなばや莊でこのナレーションが流れる中、眠りについたものでございます。お世話になりました。
- ジェットストリームの系譜は、日曜の朝TBSの「バックグランドミュージック」で、若山弦蔵のすてきな声で語られる肩の凝らないおしゃべりと心地よい選曲に継承されている。
¶:出典・情報源・参考文献・参考サイト:
(2007.07.02更新)
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▲その低音と穏やかなムードミュージックの選曲で聴集を癒した『ジェットストリーム』のナレーター・城達也。

◆若山弦蔵(1932〜)声優。樺太生まれ。
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63年2ヶ月と13日の生涯
フランクリン・ルーズべルト
Franklin Delano Roosevelt 【第32代米大統領】
(1882.01.30〜1945.04.12)
死因?---水瓶座
- 米国の政治家。第32代大統領(1933年―1945年)。民主党。T.ローズベルトの遠縁。
- 23歳、従妹エリノア〔1884-1962〕と結婚。28歳で政界に入り、上院議員、海軍次官を歴任。一時ポリオ(小児麻痺)で引退。
- 47歳でニューヨーク州知事。51歳以後米国史上初めて連続4期大統領。大恐慌の危機克服のためニューディール政策を実施
- 中南米諸国に対し善隣外交を進め、ソ連を承認するなど対外的にも孤立主義を脱して積極的に行動。第2次大戦中はチャーチル、スターリンとともに連合国を指導。
- 対ソ協調を含む国際連合組織による戦後構想を具体化したが、戦争終結直前、大統領在任中に死去。
- この間妻のエリノアは社会事業家、婦人団体指導者、評論家として夫に協力。女性の解放に活躍し、人権擁護運動推進者としても著名。
¶:出典・情報源・参考文献・参考サイト:
(2005.09.07更新)
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▲米国の第32代大統領・フランクリン・ルーズヴェルト。
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63年2ヶ月と19日の生涯
レンブラント
Rembrandt Harmensz.Van Rijn 【魂の画家】
(1606.07.15〜1669.10.04) ---2006年生誕400年
不遇のうちに死去---蟹座
(2008.01.12更新)
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◎光と陰の画家

▲ 後世「魂の画家」といわれたオランダの画家・レンブラント・ファン・レイン。

▲自画像。

◆レンブラントの「夜警」とその部分。
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63年2ヶ月と23日の生涯
ニコライ・ロバチェフスキー
Nikolai Lobachevski 【非ユークリッド幾何学の創始者】
(1792.11.20〜1856.02.12)
晩年失明---射手座
- 非ユークリッド幾何学の創始者であるロシアの数学者。ロシア、ニーズニイ・ノヴゴロド(1932-1990の間はゴーリキー市と呼ばれる)に生まれ、カザンに死す。
- カザンでギムナジウムから、大学を卒業し(16歳)、カザン大学に務め、22歳でカザン大学教授、35歳で年同学長。
- 37歳で非ユークリッド幾何学の一体系を発表その展開につとめた。
- 初めて論文が発表されたのは、34歳でカザン大学の集会においてであるが、原稿は公表されなかった。断片的な記述が、37〜38歳の『カザン通報』でなされている。
- 体系的な記述は、44歳の『仮想幾何学』(カザン大学学術紀要)と、43〜46歳の論文『平行線の完全な理論による新しい幾何学の原理』でなされいる。
- ガウスは、後者のドイツ語訳を読み、高く評価した。この考えが完全に認められたのは、1868年にE.ベルトラミが、3次元空間の中にモデルとなる曲面を構成した時からである。
- 晩年失明する。宇宙の構造を見てしまったからだろうか?
¶:出典・情報源・参考文献・参考サイト:
(2003.08.17掲載)
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▲非ユークリッド幾何学の創始者であるロシアの数学者・ニコライ・ロバチェフスキー。
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63年2ヶ月と25日の生涯
グリエルモ・マルコーニ
Guglielmo Marconi 【稲妻を操る男】
(1874.04.25〜1937.07.20)
死因?---牡牛座

◆セント・ジョンズに組み立てられた凧の受信機。
◆22歳時のマルコーニ。自作の機械を前に。
(2005.09.22掲載)
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▲「電波を通信に利用できないだろうか」と考えたスゲー奴・グリエルモ・マルコーニ。

◆渡英直後のマルコーニ(Marconi Plc提供)

◆[ 送信機の図 ]コヒーラ、リレー、印字きから成る受信機

◆[ 受信機と印字機の図 ](マルコーニ財団提供)

◆マルコーニのコヒーラ検波器

◆マルコーニが大西洋を越えてモールス電信実験を行なったアンテナ扇形送信アンテナ(Marconi Plc提供)
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★「幕末の奇想の絵師」

▲江戸時代末期を代表する浮世絵師の一人である歌川 国芳。

▲『通俗三国志之内 華陀骨刮関羽箭療治図』 華佗の医術で肘の切開手術を受ける関羽。
▲作品:『そめいろづくし』 染め物を題材にした戯画で、「ねこしぼり」「狐こん」「熊くろ」など遊び心に富む。団扇絵(団扇の地紙用に描かれた絵)。

▲『忠臣蔵十一段目夜討之図』
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63年3ヶ月と22日の生涯
伊藤栄樹
Shigeki Ito 【巨悪を眠らせない“ミスター検察”】
(1925.02.03〜1988.05.25)
死因?---水瓶座
(2005.05.28掲載)
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?肖像を探しています。
 ▲戦後の政財界の重大事件のすべてを見てきた硬骨漢にして、巨悪と闘い、がんと闘った「ミスター検察」伊藤栄樹。
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63年4ヶ月と3日の生涯
岸田 國士
Kunio Kishida 【女優の岸田今日子の父】
(1890.11.02〜1954.03.05=明治23〜昭和29)
舞台稽古中に脳溢血で亡くなる---蠍座
(2007.01.22掲載)
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▲大正・昭和期の劇作家・小説家・評論家・翻訳家、岸田 國士。

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63年4ヶ月と24日の生涯
アントニオ・ヴィヴァルディ
Antonio Vivaldy 【バロックの巨匠】
(1678.03.04〜1741.07.28)
死因?---魚座
- イタリアの後期バロックを代表する作曲家、「四季」で有名なバイオリン奏者。
- 生地ベネチアでバイオリン奏者をしていた父に音楽の手ほどきをうけ、弱冠15歳で聖職につき、25歳で早くも司祭となり、作曲家としての活動に専念。また25歳で同地の女子音楽学校「ピエタ慈善院」の音楽教師に就任。以後亡くなるまでの間、主にこの職にあってバイオリンや作曲、合奏の指導に当たる一方、ここでモテット、カンタータ、コンチェルト、ミサ曲など750曲という膨大な数の作品が生み出す。
- 約50曲のオペラ(そのほとんどは今日に伝わっていない)、オラトリオなどの宗教音楽、世俗カンタータ、シンフォニア、ソナタなど多くの作品がある。中心となるのは500曲以上のコンチェルトで、急・緩・急の3楽章から成る独奏協奏曲(ソロ・コンチェルト)形式の完成者として知られる。12曲の協奏曲集『調和の幻想』、12曲のバイオリン協奏曲集『和声と創意の試み』はことに親しまれ、後者の最初の4曲は『四季』として有名。バイオリンのための協奏曲だけでもじつに300曲近くが残されている。その間ベネチア、フィレンツェなどでオペラを上演。60歳でアムステルダムの王立劇場100年祭のために大規模な音楽を手がけるなど、その名声は広くヨーロッパ各地に届いた。
- 62歳でピエタの職を辞してベネチアを後にするが、その動機はいまだに判明していない。翌1741年の他界から2世紀を経た1938年、ウィーンで貧民墓地に埋葬されたその最期が明らかになった。
- ビバルディの影響はイタリア内外に及び、特にJ.S.バッハは協奏曲の編曲を通して多くを学んでいる。
¶:出典・情報源・参考文献・参考サイト:
(2006.05.24更新)
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▲イタリアの後期バロックを代表する作曲家、「四季」で有名なバイオリン奏者・アントニオ・ヴィヴァルディ。

▲バロックの巨匠 ヴィヴァルディ
■制 作 1987年 カナダ、イタリア、旧西ドイツ共同製作
■演 出 リチャード・ブッキング
■日本語版制作 韮沢 正
●音楽総監督 ヴィットリオ・ネーグリ 出演及び演奏
●特別出演
イダ・ヘンデル
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63年4ヶ月と26日の生涯
フェルマー
Pierre de Fermat 【フランスの数学者】
(1601.08.17〜1665.01.12)
死因?---獅子座
(2005.11.16更新)
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▲フェルマーの最終定理で有名なフランスの数学者・フェルマー。
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63年5ヶ月と14日の生涯
内田良平
Ryouhei Uchida 【「脱亜」か「興亜」か!】
(1874.2.11〜1937.7.26=明治7年〜昭和12年)
死因?---天秤
(2008.11.02更新)
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▲明治・大正・昭和期の右翼運動指導者、国家主義者で、大日本生産党総裁・黒龍会主幹の内田良平。

▲「国士内田良平―その思想と行動― 」内田良平研究会 編著 中村武彦 監修者代表 君は内田良平を知ってるか?内に国家改造、外に大アジア主義。明治大正昭和の動乱を疾走した国家戦略家の全貌がいま蘇る。
第1章 筑前勤皇党から玄洋社へ −征韓論・第二維新運動と内田良平
第2章 シベリア横断と黒龍会の結成 −日露戦争と内田良平
第3章 日韓合邦悲史 −「韓国併合」と内田良平
第4章 支那革命支援工作 −支那ナショナリズムと内田良平
第5章 国体擁護と内治外交の作振 −日本社会の近代化と内田良平
第6章 満蒙経論 −満洲事変と内田良平
第7章 大日本生産党 −昭和維新運動と内田良平
第8章 昭和神聖会運動と闘病生活 −晩年の内田良平
第9章 50年国を憂ひて草莽の −内田良平の生涯
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63年5ヶ月と22日の生涯
与謝野晶子
Akiko Yosano 【情熱の歌人】
(1878.12.07〜1942.05.29)
脳梗塞で半身不随、狭心症に尿毒症併発---射手座
(2007.03.12更新)
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▲『みだれ髪』で知られる歌人、詩人・与謝野晶子。
?与謝野晶子の歌?
◆「秋きよし球磨の大河のいもうとの、人吉の湯のあふるる聞けば」
(この歌は人吉の温泉宿で夫鉄幹とふたり、球磨川に抱かれる妹のようにきれいな出湯に浸ったときに詠んだ歌)
◆「やは肌の 熱き血汐に ふれも見で さびしからずや道を説く君」
(与謝野晶子の処女歌集『みだれ髪』に収められた、あまりにも有名な一首である。現代においてこそ、女性の自立、女性の主張も市民権を得、当然のことであるが、明治34年の世に、女性の立場で艶麗な官能、奔放な情感をうたいあげたこの浪漫的な歌集は非常にセンセーショナルなものであった。)---(3)。
◆「いさり火は身も世も無げに瞬きぬ陸は海より悲しきものを」
◆「在りし日に覚えたる無と今日の無とさらに似ぬこれ哀れなりけり」
◆「清水へ祇園をよぎる桜月夜こよひ逢ふ人みなうつくしき」
と与謝野晶子は詠んだ。作者の幸福感に包まれた胸中の表れでもあるのか。行き交う人がみんな美しいとは、なかなか思えるものではない
◆「親は刃をにぎらせて 人を殺せとをしへしや、 人を殺して死ねよとて 二十四までをそだてしや」
◆「身は一等兵、しかれども、破壊砲をば抱く時は、鉄条網に踊り入り、実にその身を粉とせり」
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