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76年6ヶ月と7日の生涯
出口王仁三郎
Onisaburou Deguchi 【初代大本教主】
(1871.07.12〜1948.01.19)
脳溢血---蟹座
(2008.05.03更新)
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▲大本教の創始者・出口なおの娘澄子の婿となり、なおと協力して教義の整備と発展に努めた出口王仁三郎。
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76年6ヶ月と7日の生涯
コラソン・アキノ
Corazon Aquino 【マルコス追放の主役/殉教者の妻】
(1933.01.25〜2009.08.01)
結腸癌---水瓶座
(2009.08.02更新)
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▲フィリピン共和国第11代大統領(在職1986年 - 1992年)コラソン・アキノ。

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76年6ヶ月と9日の生涯
木村尚三郎
Syozaburo Kimura
【「現代社会と中世の類似」の発見者】
(1930.04.01〜2006.10.17 AM9:25)
肝細胞がん ---牡羊座
(2009.11.19掲載)
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▲西洋史学者、エッセイストで東京大学名誉教授、静岡文化芸術大学学長だった木村尚三郎。

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76年6ヶ月と13日の生涯---2009年没後5年
加山又造
Matazou Kayama 【日本画革新の旗手】
(1927.09.24〜2004.04.06 PM10:25)
肺炎---天秤座
- 日本画家、京都市出身。
- 京都市立美術工芸学校を修了し、1944(昭和19)年東京美術学校(現東京芸大)日本画科に入学した。ポスターのデザインなどで学費を補い49年に卒業、山本丘人に師事した。
- ラスコーの洞窟壁画や、ピカソ、アンリ・ルソーらにひかれ、西洋美術もどん欲に吸収。横山操、平山郁夫氏とともに戦後の新しい日本画の担い手として注目された。
- 生家が西陣織の衣装図案業を営んでいたことから一貫して日本の様式美、装飾美を追求。だが、旧来の伝統のままに停滞することを嫌い、現代に生きる様式美の探求に終生力を尽くした。
- 代表作に「夜桜」「黄山煙雨」などがある。多摩美術大教授、東京芸大教授などを務め、現在東京芸大名誉教授。創画会会員で、80年に芸術選奨文部大臣賞、2003年には文化勲章を受章。
- 高校時代、ボクが宿坊に泊まってデッサンをしていた身延山久遠寺本堂に、加山又造作の天井画『黒龍』がある。
¶:出典・情報源・参考文献・参考サイト:
(1)
(2004.04.09更新)
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▲横山操、平山郁夫氏とともに戦後の新しい日本画の担い手として注目された。
▲春秋波涛。
▲凍林。
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76年6ヶ月と13日の生涯
大庭 みな子
Minako Ooba 【初めての女性芥川賞選考委員】
(1930.11.11〜 2007.05.24 AM9:14)
腎不全---蠍座
(2007.10.03更新)
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◎死生観映す「不可解な」遺言

▲三匹の蟹」「寂兮寥兮(かたちもなく)」などで知られる作家・大庭 みな子。
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76年6ヶ月と18日の生涯
沢田駿吾
Syungo Sawada 【モダン・ジャズ・ギター界の重鎮】
(1930.02.10〜2006.08.28)
肝細胞がん---水瓶座
(2007.06.15掲載)
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▲戦後日本のジャズ・ギタリストの第一人者・沢田駿吾。

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76年6ヶ月と18日の生涯
子母澤 寛
Kan Shimozawa 【『父子鷹』の生みの親】
(1892.02.01〜1968.07.19=明治25年-昭和43年)
心筋梗塞---水瓶座
(2007.09.13掲載)
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▲「新撰組始末記」を処女出版し、「国定忠治」により文壇的地歩を確立。また戦後にかけて幕末、江戸の郷愁をこめた「勝海舟」「父子鷹」も注目された小説家・子母澤
寛。
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76年7ヶ月と13日の生涯
お葉/佐々木カネヨ
Oyou 【夢二の愛人】
(1904.3.11〜1980.10.24=明治37年〜昭和55年)
病没---魚座
(2008.10.24更新)
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76年7ヶ月と14日の生涯
カール・ヒルティ
Carl Hilty 【『眠られぬ夜のために』の生みの親】
(1833.02.28〜1909.10.12)
死因?---魚座
- スイス生まれの法学者。ベルン大法学教授、国会議員、軍事裁判所長など歴任。
- 聖者的人格と博学から生まれた著作は、唯物的な文明進歩の波に酔っている人に警告を与え、弱い人々には慰めを与え、大きな影響を及ぼした。篤学で叡知に富んだ人。
- 1891-99年『幸福論』、1901年『眠られぬ夜のために』等多くの著書があり、邦訳も多数出ている。
- 「多すぎる休息は、少なすぎる休息と同じように疲労させる。」
「人は他人の嘘にたやすく気づくものである。そしてその嘘が自分に都合のよいときだけ信じるのである」
「苦しみは人間を強くするか、それとも打ち砕くかである。その人が内に持っている素質に応じてどちらかになる」
(以上『幸福論』)
- 「人生においてもっとも耐え難いのは、悪天候がつづくことでなく、雲一つない日がつづくことにある。」
「寝床につくとき、翌朝起きることを楽しみにしている人は幸福である」
「健康で気持ちよい睡眠をとるように心がけよ!よい眠りのあとでは、ものごとは全く違って見え、前の晩には巨人のように重くのしかかっていた困難も、笑って済ますことができるのだ」(以上『眠られぬ夜のために』)。
¶:出典・情報源・参考文献・参考サイト:
(1)
(2006.12.15更新)
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▲『眠られぬ夜のために』で知られるカール・ヒルティ。

▲幸福論
白水社 (1995-10-10出版)
・ヒルティ,カール【著】
斎藤 栄治【編】
近代スイスの父と仰がれるヒルティの名著『幸福論』全三部のなかから「仕事をするこつ」「時間をつくる方法」「幸福」「人間とは何だろう」「人間知について」「教養とは何か」「高貴なる魂」「二つの幸福」「信仰の勇者」の9篇を収録。平明な注を加えて親しみやすいよう配慮した。
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76年7ヶ月と15日の生涯
須藤 貘
Baque Sudo 【夢喰い人】
(1915.01.02〜1992.08.17)
不慮の交通事故死---山羊座
- 大正4年、山梨県千塚村の富豪の長男に生まれる。祖父良太郎は漢学者として近隣に聞こえが高かった。本名、良清。
- 1939年(24歳)東京美術学校卒業。卒業制作「浴後」が川端玉章賞。在学中の学内コンクールにおいても「トランプ」が最優秀賞を受けている。この年金沢大一中学に奉職。第二次世界大戦始まる。
- 1942年(27歳)戦車第十七連隊の伍長として中国大陸、オルドス高原に進駐。「早く日本に帰って絵を描きたい」ともらし「それは夢だ」といわれたのを機に雅号を「貘」とする。
- 1948年(33歳)甲府第一高校勤務。文化不毛の山梨にひとりでも多くの芸術家を輩出すべく寄与。以降美術部門に幾多の英才を世に出す。
- 1975年(60歳)教え子120名によって「貘の会」が結成される。
- 1982年、モンテカルロ現代美術コンクールグランプリ「天平の佳人」が入選。
- 誕生日の1月2日には、弟子が貘の家に集まって芸術談義やかつての伝説を語り継いだものだった。
- ある日、我が師・須藤貘は言った。「わかりやすい顔になるな!」。どんな状況で言われたのか詳しい前後の脈略は鮮明に憶えてないが、この貘言葉は、はっきりボクの脳裏に染みこんでいる。たぶん、浪人して芸大に入った学生時代か、卒業して設計事務所に勤め始めた頃、帰省した際のことだったと思う。普段、人生訓めいたことなど言わない貘だから、ボクがよほど、浮ついた“わかりやすい顔”になっていたのだと思う。その甘さみたいなものを貘は喝破した。ボクが貘から受けた唯一最大の叱咤にて、今でもときどき反芻している。
¶:出典・情報源・参考文献・参考サイト:
(1)
(2007.02.17更新)
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▲文化不毛の地・山梨から、ひとりでも多くの芸術家を輩出すべく寄与した日本画家にして愛すべき教育者・須藤貘。

▲美術部員と「最後の晩餐」のポーズをとる貘。
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76年7ヶ月と18日の生涯
岸田 今日子
Kyouko Kishida 【個性派女優】
(1930.04.29〜2006.12.17=昭和5年〜 平成18年)
脳腫瘍による呼吸不全---牡牛座---A型
(2007.02.22更新)
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▲個性派女優せ声優、童話作家だった岸田 今日子。
◆「今日子さんは空気のような存在だった。いなくなった今、酸欠のような状態で、とても苦しい」(2)。
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76年7ヶ月と20日の生涯
南田 洋子
Youko Minamida 【「太陽の季節」】
(1933.03.01〜 2009.10.21)
くも膜下出血---魚座
(2009.10.27更新)
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76年7ヶ月と26日の生涯
ジョセフ・ターナー
Joseph Mallord William Turner 【空気を描いた画家】
(1775.04.23〜1851.12.19)
死因?---牡牛座
- 英国の代表的風景画家。ロンドン生れ。幼少時から油絵、水彩画に親しみ、初めプッサン、ロランらの影響のもとに古典的風景画を描いた。
- 44歳のイタリア旅行後、自由奔放に光と大気の相を追求し、ダイナミックな光の効果を駆使して同時代のコンスタブルと対照的な幻想的・象徴的な画境をひらいた。
- 代表作『戦艦テメレール』(63歳)、『雨・蒸気・速度:グレート・ウェスタン鉄道』(69歳)など。
- 1851年12月19日、チェルシーの自宅で亡くなる。遺体は12月30日にセント・ポール寺院に埋葬された。
- 死後約2万点の作品が国家に遺贈され、ロンドンのテート・ギャラリーに所蔵されている。
- そういえば、山下達郎の歌にもターナーの絵を歌った曲があったな。
¶:出典・情報源・参考文献・参考サイト:
(1)
(2008.02.16更新)
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▲英国の代表的風景画家・ジョセフ・ターナー。

◆ウィリアム・ターナー『ヴェニスの大運河』
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76年7ヶ月と28日の生涯
小松方正
Housei Komatsu 【日本最高の悪役】
(1926.11.13〜2003.07.11)
糖尿病による敗血症のため死去---蠍座
(2003.08.17掲載)
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▲日本を代表する名脇役・小松方正。
▲「ミンボーの女」
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76年8ヶ月ジャストの生涯
玄宗皇帝
Xuan-zong 【唐の第6代皇帝】
(685.08.05〜762.04.05)
死因?---獅子座
- 中国、唐の第6代皇帝(在位712年―756年)。名は隆基。
- 韋后を殺して、父の睿宗(えいそう)を位につけ、その譲りを受け即位。
- 治世の前半は開元の治と呼ばれ、後半の天宝年間に至るまで唐朝の黄金時代を現出(盛唐)。
- 晩年は楊貴妃を愛し、755年安禄山の乱をまねく。
¶:出典・情報源・参考文献・参考サイト:
(1)
(2003.08.17掲載)
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▲中国、唐の第6代皇帝・玄宗。
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76年8ヶ月と7日の生涯
クララ・シューマン
Clara Josephine Wieck 【19世紀最高の天才ピアニスト】
(1819.09.13〜1896.05.20)
死因?---乙女座
(2004.02.03更新)
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▲19世紀の天才作曲家ローベルト・シューマン(1810-1856)の妻であり、19世紀最高の天才女性ピアニスト。
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76年8ヶ月と9日の生涯
エルヴィン・ジョーンズ
Elvin Jones 【アメリカのドラム奏者】
(1927.09.09〜 2004.05.18)
心臓病---乙女座
(2008.11.06更新)
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▲アメリカのジャズミュージシャンで、ドラム奏者のエルヴィン・ジョーンズ。


▲ピアニストで兄のハンク・ジョーンズ
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76年8ヶ月と15日の生涯
ジョアッキーノ・ロッシーニ
Giacchino Antonio Rossini 【イタリアの作曲家】
(1792.02.29〜1868.11.13)
成人病---魚座
- イタリアの作曲家。イタリア中部のペーザロに生まれ、ボローニャで少年時代を送る。
- ハイドン、モーツァルトの楽譜で古典派の作曲技法を早々とマスターし、12歳で『弦楽のためのソナタ集』を作曲。ボローニャの音楽学校卒業の年の18歳、ベネチアで最初のオペラが成功をおさめる。以後『セミラーミデ』(31歳)を最後にイタリアを離れるまでに、ミラノ、ベネチア、次いでナポリ、ローマなどで33のオペラを発表。
- 自在な作曲技巧と色彩的な管弦楽法を駆使し、転換期を迎えていたイタリア・オペラを大胆に刷新し、ドニゼッティとベリーニの登場を促した。『セビリアの理髪師』(24歳)、『シンデレラ』(25歳)などを残したほか、『オテロ』(24歳)、『湖上の美人』(27歳)などオペラ・セーリアの系列にも名作が多い。
- 32歳でのパリ移住後は『ウィリアム・テル』(37歳)などのフランス語によるオペラを残したが、この作品でオペラの筆を折り、その後は宗教曲、歌曲、ピアノ曲などに円熟の筆致を示した。
- 没後,ドイツ偏重の音楽史観によっておとしめられたその偉業にあらためて光が当てられたのは、20世紀中葉以降である。
- 作曲家ロッシーニの生地、イタリアのペーザロでは毎年8月ロッシーニ・オペラ・フェッスティバルが開催されている。
- 美食家で快楽に溺れたロッシーニは成人病に悩まされた。
¶:出典・情報源・参考文献・参考サイト:
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(2005.09.28更新)
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▲美食家で知られるイタリアの作曲家・ジョアッキーノ・ロッシーニ。
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76年8ヶ月と28日の生涯
北大路魯山人
Rosanjin Kitaouji 【美食家】
(1883.03.23〜1959.12.21)
肝臓ジストマによる肝硬変---牡羊座
(2009.10.01更新)
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◎稀代の美味探求者!

▲陶芸家、書家、料理研究家・北大路魯山人。
(イラスト 玉野安実)

? 中央公論新社
★魯山人語録★
◆「和食にまさる美味はなし!」
◆「この世の中を少しずつでも美しくして行きたい。私の仕事は、そのささやかな表れである」
◆「器は料理の着物である」
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76年8ヶ月と29日の生涯
オットー・ワーグナー
Otto Wagner 【ウィーン近代精神の草分け】
(1841.07.13〜1918.04.11)
死因?---蟹座
(2006.11.02更新)
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